イタリア式朝ご飯

今更ながら、であるがイタリアの朝ご飯について語ってみたい。「カフェ・ラッテもしくはカプチーノとお菓子」これが伝統的朝ご飯である。イタリア人でもエスプレッソを飲まないひともいるし、カフェインアレルギーのひともいるから全員がそうとは全くもって言い切れない。しかしもはや千差万別の朝ご飯スタイルを持つ現在のニッポンの状況に比べれば、イタリアの慣習、すなわち「朝から甘いもの」スタイルはしっかり根付いている。

昔ローマの知人のお家に泊めてもらったとき、朝ご飯よと言われてキッチンへ行くと、出てくるわ、出てくるわそれはもう開いた口が塞がらないほどのお菓子の山だった。そこのお母さんはまずわたくしにカフェ・ラッテを用意してくれ、更に赤オレンジの生絞りジュースを作ってくれた。ここまではいい。その後「さあ、食べて、食べて。」とすすめるのはクッキーやチョコレートやキットカットのようなお菓子なのである。(更にイタリア人はこれらのお菓子をカフェ・ラッテにたっぷり浸しながら食べることが非常に多い。)「4つ星ホテルに泊まったのに朝食が貧相なのよ。甘いパンとカフェだけ。」とイタリア旅行された際におっしゃる方がいるが、何といってもそれがイタリアンスタイルなので彼らはそれを貫いただけということだろう。

わたくしの回りのイタリア人はどうか。以前ルームメイトだったガブリエレ(44歳ナポリ人)とエミリアーノ(21歳ローマ人)の場合を説明しよう。ガブリエレは牛乳アレルギーだった為朝はエスプレッソとクッキー。逆にエミリアーノはカフェ嫌いだった為温かい紅茶かミルクココアとクッキー。例にもれずクッキーは必ず紅茶にたっぷり浸しながら食べる。とにかく何でも浸す浸す、クッキーならまだ分かるがケーキや甘いジャムの入ったクロワッサン等が朝ご飯に並ぶときでも必ずそれをボチャっと紅茶に浸していた。

親友のアンドレア、ジュセッペ宅はどうか。彼らは男4人で住んでいるが、4人がそれぞれ異なる朝ご飯スタイルを持つ。まずアンドレアはたっぷりのカフェ・ラッテにフェッテ・ビスコッターテ。これは一体何なのか、少々説明が難しい。薄くて小さいビスケット状に焼かれたトーストの袋詰めで、イタリアでは非常にポピュラーな朝ご飯である。再度焼くことはなく、そのまま冷たいままでジャムをたっぷり塗って食べることが多いのだが、アンドレアは何も付けずに直にカフェ・ラッテに浸す。そしてスプーンで崩してフニャフニャにしてから食べる。
ジュセッペは変わり種である。カフェが飲めない彼は茹で卵だけ。朝から卵を食べるイタリア人は今のところわたくしはジュセッペしか知らない。更に彼らのシェアメイトのジェラルド。彼もアンドレアのようにミルクたっぷりのカフェ・ラッテとクッキー。いつだったかアンドレアが実家に帰省した際マンマ手作りのチョコレートケーキを1ホール持って帰ってきたのだが、何と1日で見事に無くなった。つまり朝ご飯にそれぞれがケーキ4分の1カットずつ食べてしまったのである。朝から、である。

何にしてもイタリアの家庭での朝ご飯のナンバー1はクッキーである。それはイタリアのスーパーの売り場を見てもよく分かる。ニッポンだったらポテトチップ等のスナック菓子、煎餅類の占める割合が高いがその売り場が全てクッキーで占められているのがイタリアである。同じ粉を原料とするためか、バリラ等のパスタメーカーもこぞって朝ご飯用のクッキーを出している。また大手スーパーも必ず自社製品を出しており、ことクッキーに関しては市場競争が激しいと思われる。クッキーと一言で言っても、その風味には各社工夫を凝らしていて最低10種類は揃っている。例えば「ミルク味」「生クリーム入り」「アーモンドとチョコレート」「チョコレートチップ入り」「シナモン風味」「お米入り」・・・わたくしは正直甘いものを毎日食べる習慣がないので全く興味はないのだが、イタリア人が命をかけて開発するものはこれくらいではないのかと思ってしまう。(あ、これではまたいつものわたくしの意地悪な癖、イタリア人責めのオチである)

さて以上は家庭での朝ご飯スタイルである。ではバールでの朝ご飯はどうか。通勤・通学途中にバールで朝ご飯、というひとは非常に多い。永遠の組み合わせは「カプチーノコルネット」であろう。カフェ・ラッテはエスプレッソに温めたミルクを加えただけのもので、フランス式に言えばカフェ・オーレであり、家庭でも手軽に出来るので実際バールで頼むひとは非常に少ない。カプチーノは温めながら泡立てたミルクをエスプレッソに加えたもの。当然「泡立てる」のが非常に重要なポイントで、家庭用に手動のミルク泡立て器もあるのだがやはりバールのマシーンで泡立てられた木目細かいミルクの入ったカプチーノは最高である。またどのバールにも必ずカカオの粉があり、お願いすればカカオ入りの風味良いカプチーノにしてくれる。カプチーノはイタリアが生んだ最高の傑作、こればかりは責める隙がない。(勿論アルベルトの作るカプチーノは誉める隙がない。)

コルネットとは甘いクロワッサンで、ジャム入り、チョコレート入り、カスタードクリーム入りがその王道である。ペルージャのチェントロで手作りのコルネットを置いているバールは悲しいかな大学の目の前にあるバール・ミラノだけで、殆どのバールがピセッリという問屋から出来合いを毎朝卸している。バール・アルベルトも然り、バール・フランコも然り、個人的には全く好きではない。よっぽどのことがない限りペルージャのバールでコルネットをわたくしは頼まない。わたくしがコルネットを買うのは専ら街のパン屋さんである。当然手作りであるし、値段もバールのそれより安いので朝時間のあるときはわざわざこのコルネットを買いに行く。そして家のオーブンで軽く温めて食べる、これは本当に美味しい。

4年前に2ヶ月弱ローマに滞在した時、ティブルティーナの駅前わたくしの家のすぐ側に「クリスタル・バール」という素晴らしいバールがあった。ここは国鉄と地下鉄の両方が通っており、さらに地方や外国へ行く中距離バスの発着所、市内バスの発着所が全て集まったところで、朝の駅前はいつも通勤者、通学者、旅行者でごった返していた。わたくしはイタリア語が全く話せなかったにも関わらず毎朝通学途中クリスタル・バールに寄り、他のイタリア人の見様見真似で「カプチーノコルネット」の朝ご飯を楽しんだ。コルネットはやはり業者から卸したものであったが、冷凍を卸して店のオーブンで焼いていたので焼き立てはやはり美味しかった。そして朝の7時から9時まではいつ訪れてもレジ前に10人は客が並んでおり、全員という全員がコルネットを頼む為、追加でどんどん焼かれるコルネットが冷めることなくはけていく、常に美味しい順庵がそこにはあったのだ。朝食用の飲み物はといえば、これまた客の8割以上がカプチーノを頼んでいた。残りはカフェ・マッキアート(エスプレッソに泡立てたミルクを少量滴らしたもの)か、ラッテ・マッキアート(ホットミルクにエスプレッソを少量滴らしたもの)で、とにかく朝はアレルギーでもない限り牛乳をとるのが常である。

しかしローマは都会なのだ。ペルージャのバールは基本的にコルネットやパニーノに全く力を入れていない。とはイタリア人も言うことで、アンドレアもジュセッペもペルージャのバールでコルネットを頼んだことはないらしい。特にジュセッペはお菓子の美味しいシチリア出身であるからその気持ちもよく分かる。更にペルージャのような田舎街では、通勤ラッシュ帯といってもたかが知れている。一番混むのは朝の9時前後、つまり大学始業時間であり大学関係者や教授たちがやってくる。役所や銀行はあるもののビジネス街など存在しないし、そもそも街の人口の多くが収入のない学生であるわけだから、バールで朝ご飯率もローマやミラノに比べると遥かに下がる。あのローマのクリスタルバールの朝の活気はペルージャでは絶対見ることがないだろう。

それにしてもイタリア式朝ご飯の何と簡素なことか。朝ご飯に重きをおくニッポンとは大違いである。何よりニッポンのお母さんの朝の苦労は計り知れない。カフェ・ラテにクッキーを添えるだけでよいイタリアのマンマ。朝からお父さんにはご飯・お味噌汁・卵焼き・焼き魚、娘にはパン・コーヒー・タマゴ・・・和洋折衷のそれぞれに合わせた朝ご飯を作らねばならない上に「お弁当」というやっかいな物が存在するニッポン。朝から台所は戦場である。ニッポンのお母さんは本当に凄い。

そしてニッポンの朝ご飯をイタリア人に説明するとみんな「うえー」という顔をされる。「朝からそんなに食べて胃にもたれない?」「朝から重いよね」と言う。朝からケーキを食べるひとたちに言われたくないが。人によっては「ニッポンジンは朝からきっちり働くために朝ご飯しっかりとるんでしょ」とおっしゃる。間違いではない。和食に夢中のアンドレアですら「朝はやっぱりコラツィオーネ・ドルチェ(甘い朝ご飯)じゃないと駄目なんだ。コラツィオーネ・サラート(塩辛い朝ご飯)を口にした日には、一日中喉が乾いて仕方ない。」ってそれは大袈裟だろう。