謎の日本人(元)サッカー選手

ペルージャ外国人大学の真裏にあったわたくしの家。以前にもお話したことがあるのだが、3つの個室、バスルーム、キッチンというこじんまりした間取りである。3つの個室は1つがわたくし用、もう1つが友人のロセッラ(イタリアジン)用、そして残りの1つを短期で留学生に貸していた。

今から2年半前、この部屋にやってきたのがメキシコ人女性2人組アナとアイダ。2人とも超イケイケの19歳で、しかもお金持ち。高校の卒業旅行代わりに、両親からイタリア留学1年分をプレゼントされてやってきたのである。留学とは名ばかりで、一応学校に籍は置いていたものの、19歳青春真っ只中のラテン娘たちが勉学に励むわけもなく、毎日毎日朝まで飲んでは踊る、フェスタ続きの生活だった。

彼女たちの母国語はスペイン語である。つまり、スペイン語に類似したイタリア語を学ぶ、なんてことは遊びながらでも十分可能なわけである。学校へは全く行かないため、細かい文法や綴りはいい加減だったが、それでもあっと言う間にイタリア語を理解するようになっていた。我々アジア人にとっては羨ましい限りである。

ある日曜日。イタリアサッカーセリエAの「ユベントス」がペルージャへやってきた。サッカー好きというよりは代表選手デル・ピエロの熱狂的ファンだったアイダは、「絶対試合を観にいってサインもらってくる!」と朝から勢い込んでいた。いつもは朝まで飲んでいるくせに、その日だけは朝から気合の入った凄まじい化粧で、ギャアギャア騒ぎながら出かけて行ったのである。

若さってすごい。彼女達は見事に(本人曰く”ツテ”を利用して)ユベントスチームに近づき、そしてデル・ピエロに会い、サインだけでなく一緒に写真まで撮ってきたのである。「ひゃぁ。さすがにこれはスゴイわ。個人的にはデル・ピエロ嫌いだけどさ、こんなスター選手とよく写真とれたねぇ。スゴイスゴイ。」とわたくしが言うと彼女たちは得意げにこう答える。「でしょ?実はね、前日にいつものディスコへ行ったらね、ある重要人物に出会ったのよ。その彼が会わせてくれたの、デル・ピエロと。しかもその彼、日本人だよ?マリコ、知らない?」「・・・知らない。誰それ?」

怪しいやつがいるではないか。夜中にペルージャのチェントロにあるディスコへ繰り出す、謎の日本人。ユベントスデル・ピエロに我が家のうら若きメキシコガールズを会わせてやるという、スケールの大きいサービス。誰なんだ、そいつは?

「知らないよ〜。名前は何ていうの?」「ケンジ!」むむ、意外と普通の名前。「すっごい紳士的でさぁ、昨日はディスコでカクテル奢ってくれたし、今日も試合の後にアイス奢ってくれた。イタリア語もペラペラだよ、ケンジは。」「昔はセリエAの選手だったんだって。でもケガで殆ど試合に出られなくてそのまま引退しちゃったって。」「今は選手の代理人とかマネージャーとかやってるって。通訳もやるし、ニッポンジンの有力選手を探してくる仕事もしてるんだって。」「結構格好いいよね。ていうか何か日本人ぽくないよね〜」「デル・ピエロのこともよく知ってるって言ってた!スゴイよね〜」

ますます怪しい。彼女達の話によると、ケンジは中田よりも前にセリエAでプレーをしていたのだが、ケガが続いて名前は殆ど知られなかったようである。そのまま選手から裏方へと転向したという。彼女たちは続ける。「実は今夜ね、ペルージャチームの選手とご飯行くの!ケンジが誘ってくれて。でね、わたしたちのルームメイトはニッポンジンなんだよって言ったら、じゃぁ連れておいでよって。ねぇ、一緒に行こうよ!残念ながらユベントスじゃないけど、でもペルージャだってセリエAだしね。ご飯行って、多分その後は飲みにいくと思うよ。一緒に行こうよ!ケンジ紹介するから。」

「絶対ヤダ。行かない。皆で楽しんできて。」ケンジが誰なのか知りたい反面、サッカー選手と懇親会なんて怪しすぎる。そもそもサッカー選手たちのディナー&飲み会に、何故知り合いでもない金髪19歳のメキシコガールズたちがお呼ばれされるのか。それって間違いなくホステスのノリじゃないか。気づきなさい、ラテン娘たち。そんなところへノコノコ参加するなんて真っ平ごめんである。

それにしても誰なんだ、ケンジって。