これ、ワイングラスじゃないんだけど事件

QUESTO NON E' IL BICCHIERE DA VINO....

ガリバルディ通りのバール・アルベルト。駄目男の吹き溜まり。自堕落な生活の常習犯。どんよりこもるマイナスの空気。そして店主アルベルト。久しぶりにアルベルトを登場させてみたい。というのも・・・ペルージャへ舞い戻った翌日、大学前のバール・フランコへ顔を出したとたん、テラスでカフェを飲んでいたギリシャ人の女の子エティラに出会ったからだ。彼女は数少ないバール・アルベルトの常連客の1人である。「チャオ、マリコー!どうしたの、いつ帰ってきたの!?」

頬にバーチョ(キッス)を交わし、とりあえずバカンスで帰ってきただけ、と告げると彼女は「そうなの・・・バール・アルベルトは相変わらずよ。今8月だっていうのに、先週からアイスが全部品切れ!マリコが働いていた頃と何にも変わらない(笑)あそこは一生あのまま。」とバール・アルベルトの近況報告を始めた。真夏の盛りにアイスが売り切れ、水が売り切れ、ビールグラスが全部割れ・・・去年の今頃をじわじわと思い出す。そっか、全く同じなんだ。「それで愛想尽かせちゃって、カフェするバール変えたの?(笑)そりゃ、そうだよね。いくらカフェ・マシーン入れ替えてもね、アルベルトが変わらない限りね・・・」

「それがね、今日からバール・アルベルトは夏休みでお休み。そうでなければ、馬鹿なわたしは何だかんだいっても、家の真下にあるアルベルトのとこに不本意ながらも立ち寄っちゃうんだよね・・・。今年はあの強烈な彼のマンマの具合が本当によくなくて、早めに夏休みに入ったみたい。だから今日から毎日のカフェはここ、バール・フランコ。ちょっと高いけど、やっぱり美味しいよ。」

なるほど。ものの数分でバール・アルベルトの状況が手に取るように分かる。「ところでワイングラスは揃ったの?」とわたくし。「ワイングラス?・・・ああ!あのことね!揃うわけないじゃないの!どうせ酔っ払いのルカがすぐ割っちゃうんだし、アルベルトはイタリア人のくせに、ワイングラスすらまともに買ってこれないんだから!それも昔のまんまよ。そもそもマリコがニッポンへ帰ったのは4ヶ月前でしょ?そんな短期間に彼が変わると思う?」とエティラ。

何故こんな話になったかというと。それは本当に去年の今頃のこと。夏休みがあけて、わたくしはバール・アルベルトでの仕事を再開した。さきほどバール・アルベルトではビールグラスが全部割れてしまった、と書いたが、それだけではない。こともあろうにワインの国イタリアでありながら、ワイングラスさえ1個もなかった。勿論、最初はあったのだが、酔っ払った客が落としたり、はたまたアルベルトがオンボロ洗浄機のカゴから取り出すときに、角にぶつけて割ってしまったり。最終的にはゼロになってしまったのである。

ワインを注文する客にどう対応していたのか?ああ、こんなこと、書きたくないが、何故かたくさんあったシャンパングラスで代用していたのである。恥ずかしいったら。ニッポンジンのわたくしですら、自分が立ち寄った店でシャンパングラスに注がれた赤ワインが出てきたら・・・間違いなく、ひく。「馬鹿か、このバリスタ」と思う。それを知っていながら自分でそんなサービスをしなくてはならないとは!自分がその無知な馬鹿バリスタを演じなくてはならないとは!
何度もアルベルトに言った。いや、お願いした。いや。懇願した。「お願い、ワイングラス買ってきて。でなければ、この店からワインをなくして。」それでもアルベルトは重い腰をなかなか上げなかった。やれカヌーだ、やれジョギングだ、やれアルファ・ロメオのネジがなくなったからローマまで買いに行くだ、と他のことに関しては非常に積極的でポジティブな彼であるのに。

わたくしは常連客に愚痴り続けた。「フランチェスコ、あんたからもしつこく言ってよ!わたしだけじゃ駄目みたい。」「ほんとにな。こういうグラスなんてさ、安いのでよけりゃ業者からタダで貰えるんだよ。連絡1つでな。まったくアイツは本当にズボラだな。」「そういう問題!?イタリアのバールで、ワイングラスのない店がどこにあるのかってことよ!」「ここだよ。アイスもないしな、ビールグラスもそろそろ全滅だ。」駄目だこりゃ。

そんなある日、アルベルトが大荷物を抱えて意気揚々と帰ってきた。「マリコ!買って来たぞ!ワイングラスだ!ほら!」おおおおおお。ついに。やった。念願のワイングラス。やればできるじゃないか、アルベルト。「それからほら、これはアマーロ(薬草酒)グラス。こっちはウィスキー用。「アルベルト、凄いじゃないの!これをわたしは待ってたのよ!」「ちょっと見てくれるか?ワイングラス。ほら、これで大丈夫だよな?」

箱を開けて、ワイングラスを手に取りそして・・・わたくしは絶句した。彼の満足げな笑みの前に一瞬屈しそうになったが、勇気を振り絞ってこう答えた。「アルベルト。これは・・・普通のワイングラスじゃないよ。ポートワイン用だよ・・・」「ポートワイン?これじゃ、駄目なのか?」「アルベルト、よく見て。このグラスはワインにしては小さすぎるでしょ?この型は、例えばダウンタウンやシャムロック(ペルージャのパブ)で、まさにポートワイン用に使ってるタイプだよ。」

「いや、これでも充分いけると思うけど・・・」と食い下がるアルベルト。「小さいよ!普通のワイングラスの半分ぐらいしかないじゃないの。ポートワインは甘いしデザートワイン用に飲むことが多いから、この小さいタイプでいいだろうけど、ほら実際他の店ではポートワイン用として使ってるわけだし。でももし赤ワインや白ワインをこのグラスに注ぐとしたらさ、小さすぎてクレームくるよ?ていうかね、このグラスはポートワイン用なの!」あまりにショックだった。

それを見ていた常連客は「まあアルベルトは酒を飲まないからな・・・興味がないから全然知識がないんだよな」と苦笑する。そういう問題か?わたくしだって、これがポートワイン用のグラスだと知ったのは、パブで働きだしてからだ。しかし1回見れば覚えることである。いくらアルベルトが酒を飲まないからといって、かれこれ15年もバールを経営しているのだ。有り得ない話である。

そんな話をわたくしとギリシャ人のエティラは思い出して苦笑してしまったのである。全くこんなキャラ、そうそういるものではない。

さて、アルベルトが一体どんなひとなのか興味が湧いてきた、と言う奇特な方がいらっしゃいましたら、どうぞ上の「カテゴリー」で「アルベルト」を選択してみてください。数々の彼の珍喜劇がご覧いただけます。