バール・アルベルトのおつまみ

どんなに暑い夏でも、午後5時ともなって少し涼しい風が出てくると、イタリアのバールには食前酒を求めて客がやってくる。この食前酒タイムがわたくしは大好きで・・・いや大好きなはずなのだが、バール・アルベルトで働く午後5時は嫌いである。何故ならストゥッツィキーニ(おつまみ)が全く用意されておらず、バリスタとして恥ずかしい思いでもって接客しなくてはならないからである。

普通はどのバールにも食前酒タイムともなると、ちょっとしたおつまみがカウンターに並ぶもの。(写真下)キッチンのないバールも多いのだが、ポテトチップやナッツ、オリーブなど、乾き物系やスナックでも構わない。大事なのは、必ずちょこっとしたつまみが食前酒には添えられる、ということなのだ)


通常バールやパブはこのつまみを、郊外にある飲食店向きの総合問屋で購入する。ここは一般客の利用は不可で、飲食店に与えられたIDカードを持っている者だけが入店できる仕組みになっている。会計はその都度行うのだが、年度末にはカードごとに1年分の税金が計上されるらしく、それなりに便利なようである。わたくしは以前街のバールやオステリアで和食ディナーを企画したとき、買出しのためオーナーに連れられて入店したことがあるのだが、なかなか面白い場所である。食材だけでなく、無限にあるグラスや食器、チャイニーズレストラン用の箸も揃っている。食器洗浄機などの機器類、テーブルクロスやナフキン、トイレ用品・・・飲食店に必要なものなら何でもあるのだ。

ミラノのスタイリッシュなバールならともかく、ペルージャのような田舎では小道具に個性を出そうとする店主は少ない。とりあえず機能すれば、安ければ、ということで、殆どの店主はこういった問屋を利用する。従って街中のバールが似たり寄ったりの趣になるのであろう。

話がそれたが、ずぼらなアルベルトはつまみの買出しすらまともに出来ない。「要買出し!ポテトチップ、ナッツ、オリーブ」等とわたくしは嫌味なくらいにメモを残して、レジにペタっと貼っておくのだが、効果を成したことはない。結局午後5時がやってきて、食前酒を飲む客に「何だよアルベルト、またつまみが何にもないのかよ〜」「ポテチはもういいよ。オリーブとかさぁ、何かないの?」と苦情を言われて初めていろんな角度から答える。「マンマの具合が悪くてね、病院へ連れていったもんだから。」「暑くてどうも体がだるいんだ」「いや〜忘れてたよ。そういえばそうだったな」(わたくしが100回言っても覚えない)面倒くさいことは、極力脳に刻み込まない主義なのである。

挙句の果てに客に言われて渋々近くのスーパーCONADにナッツ類を買いに走るアルベルトを見かける。CONADで買うのと、問屋で買うのと、正直値段は5倍くらい違うのに、何も考えず目先の問題解決だけに走る典型的なヤツである。アルベルトのマンマも彼に輪をかけて凄まじい。わたくしがひとりで店番をしていると「チャオ、シニョリーナ。何か足りないものはない?今から買い物へ行くからついでがあったら言ってちょうだい」

「マンマ、いっぱい足りないよ!ナッツもポテチも、おつまみ系がゼロだよ!あとね、ウイスキーがない。ジョニー・ウオーカーしかないし。マルティニ・ビアンコももうすぐなくなるな、それから・・・」わたくしは少しでも息子の非業をマンマに訴えようと試みる。しかし。「あら、その辺はアルベルトが管理してるからいいのよ。あなたは気にしないで。他の仕事に専念してちょうだい」専念できるか、おい。恥ずかしい思いをするのはわたしだぞ。ニッポンジンとしては発注ミス、在庫なし、など機会損失を招く事態は有り得ないのだ。
無能な息子を認めない、イタリアの典型的なマンマ像ここにあり。