嫌いな客

I CLIENTI CHE NON MI PIACCIONO AL BAR ALBERTO

バール・アルベルトで働くとき鬱陶しくてたまらないもの。それは、こちらが作る飲み物の「量」に対してイチャモンをつける客。例えば食後酒アマーロ。1杯の量がそれほど多くないため(もともと 食後に消化をよくするためのお酒であるから少量で当然である)、普通は小さめの専用グラスを使用する。見栄えが良くなるだけでなく、この専用グラスには指定量のところに線が入っていたりするものが多い為、注ぎやすくて便利なのである。つまり。この線まで注げば誰がどうみても適量なわけだ。

にも関らず、バール・アルベルトの、一部の教養のない客たちは、わたくしがピッタリ線まで注ぐのを見るやいなや「オーイ、この量はないだろう。ここはミラノのお洒落なバーじゃないんだぞ。ガリバルディ通りのアルベルトの店だ。お上品にやってる場合じゃないんだぞ」と文句を言い出す。「アルベルトにこの線までって言われてるから。」「それは常連には当てはまらないんだよ」「ちなみにわたしが夜働いているパブでも、この線までだけど」「それは夜だからだろ?」「とにかく。あたしが怒られるのよ。文句があるならアルベルトに言って」「ケチケチすんなよ、固いこと言うな。ここはニッポンじゃなくてイタリアなんだから!」

うざすぎる。この手で1滴でも多く酒を飲もうとする人間にロクな奴はいないのだ。そういう奴に限って支払いが溜まっていたり、アルベルトの弱い頭を狙って会計をごまかそうとしたりするのだ。そもそも、自ら量を増やせと言ってくる図々しい奴には、1滴でも与えたくなくなる、というのが人間である。

ある日隣のタバコ屋シモーネとそんな話で盛り上がった。「毎日来てるんだから安くしろとか多めに入れろとか、そういう主張は絶対おかしいよ。良い常連だったらさ、恩着せがましくサービスを要求したりしないよね。」とわたくしが切り出すと、「そういう風に強要されたら、ムカツクよな。」とシモーネも賛同する。「常識ある態度でいてくれたら、こっちからサービスしたくなるもん。シモーネだって毎日来てくれてるけど、わたしに一度も”もっと注げ”とか言ったことないでしょ?」「俺はさ、量が少ない多いよりもさ、アルベルトやマリコに会いに来てるわけだからな。まあ結果的にいろいろサービスしてくれてるみたいで、それはそれで有難いけどな。」「信頼関係ができるとそういうサービスに結びつくんだよ」チェーン店ではなく地域密着のバールであるから、余計その図式が成り立つのである。

ちなみにニッポンだったら・・・どんな店へ行っても、たとえ「あれ?これ量少ない!」と思ったとしても、それは心の叫びで終わるだろう。カウンターへ行って「これ、少ないです。もう少し入れてください」と直談判するニッポンジンはなかなかいない。量についてあれこれ言うのは恥ずかしい、と思ってしまうのがニッポンジン的なのかもしれない。

ニッポンでお行儀のよいお客様に慣れてしまったわたくしにとって、バール・アルベルトのカウンターで繰り返される「もっと入れろよ」の一言、いや彼らの存在そのものがわたくしを悩ませるストレスだった。