パブで学ぶイタリア語

barmariko2005-05-03

SI IMPARA L'ITALIANO AL PUB
ペルージャ外国人大学のすぐ脇にあるパブ「ダウンタウン」、わたくしはここでずっとアルバイトをしていた。(一番右に立っているのがオーナーのステファノ)ペルージャに到着して4ヶ月目に働き始めたわけで、そのときのわたくしのイタリア語は悲惨な状態だった。「大丈夫だよ、ビール1杯とかワイン1杯とか注文なんてそんなもんだからさ。あとは運ぶか片付けるかでいいんだから。」というオーナーの言葉を最初は信じていたが、それが嘘だということは直ぐに分かった。

イタリア人というのはニッポンジンと違って注文がうるさいのである。ニッポンジンはメニューがあったらメニューにあるものしか頼まない。イタリア人はといえば、そこに「氷は一つ」「ストロー2本付けて」「気持ちウォッカ多めに」「ジャックダニエル(ウィスキー)にコアントロー(オレンジのリキュール)を少したらして」「コーラをスプーン1杯加えて」とか己の好みは何においても優先される。

まだ働き出してまもない頃、一人のお客が「ジェイムソン(ウィスキーの一種)1杯」を頼み、更に「ギアッチョ・ア・パルテ」と言った。ギアッチョは氷のことであり、パブやバールで働く必要最低限の言葉であるから直ぐに分かる。がしかし、「ア・パルテ」とはどういう意味なのか?しかもそのときは「ア・パルテ」なのか「アパルテ」という一つの言葉なのかもさっぱり想像が付かない。氷について言っていることは確か、つまり「氷なし」「氷入り」のどちらかなのだろう、そう思い一か八かで氷を1つ入れて運んだのである。
惨敗だった。「パルテ」とは英語でいう「PART」つまり、氷は欲しいがウィスキーの中に入れず別にして持ってきて、という意味である。氷だけを入れたグラスを別に持っていかねばならない。客が自分で好きなように氷を入れたいのだろう。

客の言っていることが分からないとき、困るのは飲み物を作るオーナーにそのよく分からないオーダーを通すときである。「氷?氷がどうしたの?入れていいの?それともいらないの?」「えーっと、入れる?のかな?」「どっちだよ?」「・・・・。」最終的に客にオーダーを直接書いてもらうこともしばしばだった。「すみません、わたし働きだしたばかりで、イタリア語もこんな感じで・・・オーダー書いてもらっていいですか?」そんな時も大抵イタリア人は皆親切だった。ニッポンなら即クビかもしれないが、オーナーもそんなわたくしの働きぶりを笑ってみていた。「新しいサービスだね。セルフ・オーダー・サービス!」

パブと言うからにはビールがメインで、通常イタリアのどのパブにも4.5種類の生ビールが用意されている。
ニッポンでもお馴染みのノーマルタイプ、ダブルモルトタイプ、赤ビール、赤のダブルモルト、ギネスなどの黒ビール、それからまれに白ビールというのもある。原産国は殆どがイタリア以外のヨーロッパ国で、ドイツ、ベルギー、スコットランド、イギリス、オランダなどである。ニッポンジンとしてはこのあたりの生ビールが気軽に飲めるのだから、それだけでも楽しい。特にダウンタウンはオーナーの意向で、頻繁に品種が変わるので色々試すことができるのだ。

ところでイタリア人はビールをオーダーするときに、色を表す形容詞を使うことが多い。というのもビールの名前は英語やドイツ語であることが多く、イタリア人にとって発音が難しいのである。また銘柄にはこだわらず、「赤のダブルモルトであれば何でもいい」「ノーマルタイプの小さいほうで」という大まかな指定が多いのである。

例えばノーマルタイプのビールはニッポンでもお馴染み金色であるから、「BIONDA(ビオンダ)」という形容詞が使われる。英語でいうブロンドである。また透明感があるという意味で「CHIARA(キアラ)」とも呼ばれる。(こちらのほうが一般的だろう)赤ビールだったら赤いという意味の「ROSSA(ロッサ)」で完璧だ。ギネスなどの黒ビールだったら「NERA(ネーラ)」、もしくは色がくすんでいるという意味で「SCURA(スクーラ)」と言うこともある。更にこれらの色を表す言葉の後に「PICCOLA(ピッコラ=小さい)」「MEDIA(メディア=大きい)」を付け加え、大きさを指定する。

あるときイタリア人グループがビールを飲みにダウンタウンへやってきた。次々にオーダーを入れる彼ら。
「UNA CHIARA MEDIA!」(ノーマルタイプのM!)
「UNA ROSSA PICCOLA!」(赤ビールのS!)
「UNA ROSSA DOPPIO MALTO PICCOLA!」(赤ビールのダブルモルトS!)

と、ここである男性がこう言った。
「UNA BIONDA PICCOLA!」(ノーマルタイプのS!)
はいはい、と聞き漏らさずに紙に書き、その後念のためオーダーを繰り返すわたくし。「UNA PICCOLA BIONDA...」
そこで突如湧き上がる爆笑。な、何故だ?何故笑っているんだ?わたくしは動揺した。更にこの男性はこう続けた。「MAGARI!!!」(そりゃあ、あったら嬉しいけど)

さっぱり意味が分からず笑われるままその場を撤退したのだが、今では分かる。それがイタリア人特有のSCHERZO(冗談)だということが。イタリア語では、人を表すのに髪の毛の色を使うことが多いため、「BIONDA」というのは「金髪の子」という意味にもなる。詳しく説明すると、「UNA BIONDA PICCOLA」は金色のビールという意味だが、単語の順番が入れ替わって「UNA PICCOLA BIONDA」となると「小さな金髪の女の子」という意味になるのだ。

わたくしはオーダーを確認するときに「ノーマルタイプのM、赤ビールのS・・・それに金髪の女の子が一人ですね」と言ったのである。笑われるのも無理はない。今ではこちらからそういう冗談をかます余裕があるし、酔っ払ったイタリア人が頻繁にその手の冗談でオーダーを入れている、ということも分かった。大学では教わることのないイタリア語、である。