触れてみるか薬ネタ

さてわたくしたちニッポンジンからはまだまだ決して身近ではないこのネタ、ヨーロッパでは合法の国もあるくらいだから日常茶飯事のことである。ミラノやローマは勿論、アフリカやアルバニア、トルコに近い南イタリアへ行けばいくほどドラッグは安く手に入るし、もはやイタリア人男性(女性はさすがに度合いは下がるだろうが)の95%は人生一度はマリファナくらい吸った試しがあると言われている。勿論それが大人になっても続くか青春時代の1度きりで終わるかは、その人次第であるが。

ペルージャ外国人大学へ通い始めた2年半前、社会学の授業で教授が「今日はイタリアのドラッグ事情について説明しましょう」と切り出した。ドラッグは軽・重と大きく2つに分かれ、マリファナ等は軽ドラッグに属し、タバコが体に及ぼす害と比べてもずっと軽いとされている。逆にコカイン、ヘロインはイタリアでも確実に重ドラッグに入る。

毎年6月末からペルージャで行われる「国際ジャズフェスティバル」。世界各国から超大物ジャズシンガーたちが集まり、歌の競演が毎日夜中まで野外で行われる。その熱気は素晴らしく野外コンサートが終わっても人々はみな外に残りビールを飲んだりおしゃべりしたり、とこの時期の夏の夜は更けていくのだ。昨年夏、わたくしはイタリア広場の野外コンサートに友達と行ったのだが、まあ充満するマリファナ、カンナの匂いの酷いこと。わたくしの前で後ろで真横で、そこらじゅうで吸われていたが、もはや警察の取り締まりなどもなく「ジャズフェスティバルだから」という暗黙の了解があった。ジャズフェスティバルだけではなく、特に夏というのは「吸いたい」気持ちを増進させるらしい。夏中、チェントロの11月4日広場の聖堂前階段には若者がたむろし、それこそ2人おきくらいの間隔でマリファナを吸っている。

それから大晦日。新年をチェントロで迎えようと、23時半も過ぎると人々はみんな階段を坂を上りチェントロへと向かう。片手には当然。チェントロはその匂いで頭がクラクラするほどだった。大晦日というのは、ジャズフェスティバルに況してマリファナ等の軽ドラッグであれば暗黙視される日である。機動隊も出動していたがそれはあくまでも暴動を防ぐためのものであり、ドラッグはもはや蚊帳の外である。そもそも機動隊も警察も、道端でドラッグを取り締まり没収したら、それを自らの懐へ入れて持ち帰る、と冗談でも言われるくらいだからその汎用振りはご察し頂けるであろう。

わたくしがペルージャに住み始めた頃、シェアメートのイタリア人男性二人のうち44歳の映画監督ガブリエレは、それこそ毎日3本定期的に家で吸っていた。わたくしがご飯を食べていようがお茶を飲んでいようがお構いなし、キッチンにやってきてはおもむろに火を点ける。朝一番のエスプレッソの後、昼ごはんの後、夕飯の後の3回である。一度彼に「いつもどこで手に入れてるの?」と聞いたことがある。(決してわたくしが購入したい念に駆られたからではない)「プリオリ通りの奥に長いエスカレータがあるだろう?その間に小さな公園があって、いつも犬の散歩をさせている親父がいるんだよ。そいつだ。犬が目印だから」と言っていた。ちなみにペルージャでよく売人が現れるところと言えば、外国人大学前のグリマナ広場、駅前のコープ裏のバーチョ広場、駅から少し離れたヴェルデ公園等である。更にわたくしたちの家のオーナー、キコ40歳は更に凄かった。彼はチェントロではなく車で30分程山間に入った閑静なところに家族と住んでいたのだが、何と植木鉢でほそぼそとマリファナを栽培していたのである。

しかしこれらはまだ可愛いほうである。わたくしが昔カフェ・ラティーノで働いていたとき「トイレ借りていい?」とやってくる若者が時々いた。「どうぞ」とはじめは許可していたのだが、いつまでたっても出てこない。30分後わたくしはしびれをきかせて店番を友達に頼み、トイレへ行きドアを叩いた。「大丈夫ですか?」「ああ、今出ます」そして出てきた若者は「有難う」といい足早に去っていったのだが、そこで目にしたのは注射器。慌てて去って行ったために忘れていったのである。

昨年秋、バール・アルベルトで働いていたとき店にフラフラと入ってきた女の子。目深に帽子をかぶりサングラスをかけていたので顔はよく見えなかったが、彼女はパニーノのショーケースの前で立ち止まった。1分たっても2分たっても何も言わないのでこちらから「何にしますか?」と聞くと「イチゴ。」という答えが返ってきた。「あの・・・イチゴ入りのものはないんですが」「メロン。」「あの・・・メロン入りのものもないんです」明らかに様子がおかしかった。とカウンターでカフェを飲んでいた常連のフランチェスコがニヤニヤ笑っていてわたくしに目配せしてくる。

この女の子はショーケースをよく見ようと徐にサングラスをはずしたのだが、予想通りだった。彼女の目は殆ど開いておらず半分眠りかけの状態で、いつかのバール・フランコでみた男の子と同じだった。http://d.hatena.ne.jp/barmariko/20050213
そのまま何も言わずフラフラと覚束ない足元で店を出て行ったとたん「見た?ありゃ死にかけだよ。パニーノのショーケース、多分ジェラードのショーケースと間違えたんだろう。幻影が見えてるってやつだよ。」とフランチェスコ

イタリアで言われるのは「マリファナよりタバコのほうが体に及ぼす害は計り知れない」である。大学の教授もそう話していたし確かに数値的にはそうなのであろうが、マリファナのような軽いものであっても吸いすぎるとクラクラしたりぼうっとしたり、気持ちがよくなるのを通りこして吐き気を催すこともあるらしい。ただ一番危険なのは、マリファナでとまらず次の段階、つまり重ドラッグへと進んでしまう可能性がなきにしもあらず、ということである。

とはいえペルージャでドラッグに纏わる危険な話はそう聞かない。留学生が事件に巻き込まれたとかそういう話も耳にしたことがない。ペルージャのこの風景は、何というかイタリアだけでなくドイツでもフランスでもオランダでも、ヨーロッパの大都市では日常なのであろう。