ラーメンとイタリア人

barmariko2005-02-21


今日のペルージャは昼から突然の雪に見舞われて交通網は完全にストップ、街中で一方通行や通行止めが見られる。こんな寒い日に恋しくなるのはニッポンのラーメンだ。インスタント・ラーメンではない、ラーメン屋が作る本物のラーメンである。ここペルージャでも中国人オーナーのスーパーに限りインスタント・ラーメンは販売されているが、ジャンクなその味わいは体にとても悪そうである。「日清」ブランドで味は4種類あるのだが、やはり海外で作られているだけあってどうしてもニッポンで食すインスタント・ラーメンとは天と地程の違いがあり、「原材料=化学調味料」と書き直したくなる。

不思議なことにイタリアの中華料理屋にはラーメン(と呼べるもの)がない。ローマの中華も試したし、ペルージャにおいてはほぼ全店制覇したがラーメンどころかその不味さには辟易する。いつだったか冬のある寒い日、どうしてもラーメンが食べたくなり友人と近くの中華料理屋へ行った。当然ニッポンのラーメン屋が作るラーメンを期待して行ったわけではなく、中華料理屋なのだからいわゆる中華蕎麦を思い描いて向かったのである。塩味のエビ蕎麦とか、醤油味にオイスターソースを利かせトロミのついた野菜たっぷりの蕎麦とか、である。メニューを見ると「スープ・スパゲティ」というものがあり、ラーメンを彷彿とさせるようなものは唯一これだったので、早速試すことにしたのである。

驚いた。ラーメンいや中華そばとは似ても似つかない代物が出てきた。まず油はオリーブオイルである。そして麺はスパゲティである。更に山のように入ったアサリ。味わいはまさにニッポンで昔流行ったスープ・スパゲティのボンゴレ版である。オリーブ・オイルにニンニクを利かせたらイタリアンに変身するに決まっているではないか。何故そこで使わない、ごま油。更に驚いたことに、たまたま一緒に行った韓国人の女の子はそこに山盛りの唐辛子とラー油をかけて食べだした。「こうすると、韓国料理のスープに少し味わいが似てきて、意外と食べられる味になるんだよ」真っ赤に染まった彼女のスープ、それを見て東京は恵比寿にある地獄ラーメンを思い出した。確かにそこまで辛くすれば、オリーブオイルだろうがごま油だろうが風味は感じないから同じかもしれない。しかし。頑張れイタリア在住中国人!こんなことでいいのか、君たちの中国4千年の歴史はどこへ行ってしまったのか。

結局イタリアでラーメンが食べたくなったらインスタントしか残された手はないのである。ある日ニッポンから送ってもらった貴重な中華三昧をイタリア人の友達と味見した。いつものアンドレアとジュセッペである。彼らは初めての味に感動していた。「ウ、ウマイ・・・。これスープも全部飲んでいいんでしょ?駄目と言われても飲むよ。勿体ないから」彼らは味噌味、トンコツ味、醤油味、塩味とニッポンから救援物資が届く度に我が家へやってきて味見したのだが、結局どれもいたく気に入ってご機嫌であった。

「だけどさ、ラーメンて本当に熱いよね。熱すぎてなかなか食べられないのが唯一の難点だよ」これには理由がある。イタリア人は超猫舌なのだ。というよりニッポンジンが熱いものに慣れているのであろう。例えばリゾットを作るとする。アンドレアは出来立てを直ぐに食べない。何と鍋ごと外に出して少し冷ますのである。しかし熱いものは熱いままで、冷たいものは冷たいままで食べたいニッポンジンのわたくしとしては納得がいかず「何で冷ますの?わたし熱いうちに食べたい!」と言うと「熱すぎると風味を感じないから。食べる為の適温てあるんだよ」とおっしゃる。そんな彼らがラーメンをズルズル食べられるわけがないのだ。

さてニッポンジンにとってラーメンを食べる上で大事なこととは何か。いやこれは日本蕎麦もウドンも一緒である。麺類の食べ方の極意とでも言おうか。当然「音をたててすする」ことである。麺とスープを一緒に口に入れて同時に味わう為に「すする」行為が生まれ、その結果すする際の「ズルズルッ」という摩擦音が生まれる。重要なのは麺とスープの一体感である。もしスープを完全に切って麺だけパクッと口に入れれば音など出ない。

しかしイタリアで音をたてて麺をすする(イタリアの場合はパスタになるが)行為は、「絶対してはいけないこと」マナー違反もいいところなのである。あのトーマスの奥さんイヴァナさえ、ニッポンにやってきたとき初めて入った蕎麦屋で「ズルズルッ!」「ズルッツ!」とニッポンジンが大層な音をたてて麺をすするのを見て「?????!」だったそうだ。あれだけはどうしても出来ないと言っていた。もし「ここはニッポン。これが麺を食べるときのマナー。」と言い聞かせたとしても、イタリア人にとって麺と一緒にスープをすすることは物理的に不可能なのである。何故なら熱すぎるから。

わたくしの家でアンドレアやジュセッペがラーメンを食べるとき、彼らはフウフウと物凄い勢いでスープを冷ましながら極力早く食べようとする。そうでないと麺が直ぐに柔らかくなってしまうからである。麺(イタリアの場合はパスタであるが)はアルデンテでなければならない彼らにとってこれは致命傷である。かといってスープを一緒にすすることは出来ない。麺を持ち上げよくスープを切ってから、スプーンに一口分置きパクっと一口ずつ食べる。全ては熱さ防止の為なのであるが、これではニッポンの若いお嬢さん方が音を立てるのを恥ずかしがってレンゲに少しずつとりながら食べるのと見た目は一緒である。。「麺はアルデンテじゃないとって思うけれどね、この熱さじゃ早く食べようにも食べられないよ。ラーメンに限ってアルデンテじゃなくても善しとするよ。」

想像するにラーメン屋は物理的にはイタリアで間違いなく出来る。豚の美味しいウンブリアでは究極のトンコツスープが作れる気がするし、生姜も葱もスープを作るのに必要なものは全て揃っている。水が違うのは当然として、とにかく限りなく低い原価率で実現できそうなのがラーメン屋である。聞けば今ニューヨークでは昨年から続くラーメン・ブームが未だ健在だとか。

どなたか勇気のある方がいつかイタリアにもラーメン屋を開いてくださることを、心よりお待ち申し上げております。