UOVOとUOMO...

それはまだイタリア語を習いはじめて2週間目だった。ローマの語学学校で初心者コースを受講しそれこそABCから勉強した。一緒に勉強を始めたクラスメイトは何故かスペイン人や南米のラテン語圏の人が多く、唯一東洋人のわたくしとサウジアラビア人のナイームという男性が常に授業で遅れをとっていたのを思い出す。ある日授業で先生がわたくしに質問をした。「マリコ、日本では朝食に何を食べますか?イタリアならカプチーノコルネットというように説明してください。」

わたくしの頭に即座に浮かんだのは「和食ならご飯、味噌汁、タマゴ焼き。焼鮭が付くこともあるな」やはりニッポンらしいほうが答えとしても面白いと思ったのである。何しろ朝から米を食べるという風習はヨーロッパ人からすれば奇異であるから。「ご飯」はイタリア語で「RISO リゾ」、「味噌汁」は「ZUPPA DI MISO ズッパ・ディ・ミソ」、「卵焼き」は「FRITTATAフリッタータ」、「鮭」は「SALMONE サルモーネ」である。しかしイタリア語をまだ2、3週間しか学んでいない当時、卵焼きがFRITTATAであるなど思いもつかず、「卵」と言うのが精一杯だった。

さてイタリア語で卵は「UOVO ウォーヴォ」というのだが、その時わたくしは間違って「UOMO ウォーモ」と言ってしまった。と、静まり返る教室。わたくしを微妙な顔で見つめる先生。「ニッポンでは朝食にウォーモを食べるのですか?」「はい。」とまたここで微妙な間が生まれた。「・・・それは美味しいのですか?」「はい。美味しくてヘルシーです。」「毎朝、食べるのですか?」「はい。伝統です。」

と教室を襲った大爆笑。何故皆が笑い転げているのか全く理解できなかったわたくし。そこで隣に座っていたスペイン人のマリアがわたくしに耳打ちした。「マリコ、ウォーモは男の意味よ。卵はウォーヴォでしょ。」わたくしは皆の前で「ニッポンでは朝食に男を食べます」「男は美味しくてヘルシーです」「男を毎朝食べるのが伝統です」と笑顔で応えていたのだった。全くすばらしい文化である。

全く似ても似つかない母国語を持つ者にとって、このような失敗段は腐るほどある。教授たちはさぞかし楽しいに違いない。例えばわたくしのペルージャの友人が、大学の学生課で紙を一枚もらおうとしていた。「一枚の紙」はイタリア語で「UN FOGLIO ウン・フォーリョ」となるが彼女は「UN FIGLIO ウン・フィーリョ」と言ってしまった。窓口に座っていた中年女性が怪訝な顔をしたのを一緒にいたわたくしは見逃さなかった。そう、「UN FIGLIO ウン・フィーリョ」は「息子」の意味である。つまりわたくしのお友達は窓口で「息子を一人ください」とお願いしてしまったのである。
更にこのお友達(名誉の為に名前は伏せさせて頂きます)は、夏にリストランテでカメリエラとしてアルバイトをしていた時、小犬を連れてやってきた中年男性客にこう聞かれた。「犬を連れているので入り口近くの席がいいんだけど予約できるかな?」そもそも犬連れがOKなのかをオーナーに確かめようと彼女は「今聞いてきますからちょっとお待ちください」と応えた。そして店に居たオーナーに「小犬連れのお客様が御予約をされたいそうなんですけど・・・」と聞くや否や「シーッ!!!そんなこと大声で言わないで!」と慌てふためくオーナー。

さて解説はこうである。「小犬」は「CAGNOLINO カニョリーノ」であるが彼女は何故か間違って「COGLIONE コリオーネ」と言ってしまった。何故このような間違いを犯したのか実際わたくしも分からない。音的によく似ているとは言い難いではないか。「COGLIONE コリオーネ」とは医学的に言えば「睾丸」の意味である。何と彼女は「睾丸付きのお客様がいらっしゃいました」とオーナーに大声で言ってしまったのである。更にイタリア語で「COGLIONE」とは「睾丸」の意味で使われることよりも、常識がない酷いことをする人を指す俗語として使われることの方が多い。例えば「CHE COGLIONE!!!(何て酷い奴だ!)」というように。
さてここでご紹介するのは、イタリア料理のコック修行で現在はトリノ近郊の星付きリストランテで働いているある女友達だ。以前トスカーナの別のリストランテで働いていた時、夏の暑い日は毎日休憩時間にキッチン仲間でアイスを食べるのが習慣になっていた。ゲームをして負けた人が全員分のアイスを近所のバールへ買いに行かねばならないという。このアイス、その名も「マキシボン」というイタリアでは非常にポピュラーなチョコレートたっぷりの棒アイスなのだが、何故かキッチンでは「ピセッリーノ」と呼んでいた。

ある日彼女はゲームで負けバールへアイス買い出しへ行くことになった。同僚の女性と連れ立ってバールへ行くといつもの「ピセッリーノ」は売り切れだった。そこで彼女はカウンターにいたバリスタに「ピセッリーノはもうないの?」「何だって?!」「ピセッリーノ!ほら、いつもうちのリストランテの皆が買いに来るあのピセッリーノ!」そこで慌てたのは同僚のイタリア人女性だったが、時既に遅し。バールのバリスタは大笑いで「君たちのリストランテではピセッリーノを食べるのかい?」

「ピセッリーノ」とは直訳すると「小さい睾丸」という意味なのだ。そんなことを知る由もないわたくしの可哀相なお友達は、バールで満面の笑みで「小さい睾丸くださいな」と言ってしまったのである。何故こういう笑い話はいつも決まって下品な方へ向かうのであろうか。まだまだあるのだが、わたくしのブログが下品な色に染まると困るのでこの辺で失礼する。