お金を払え!

PAGATE!

ペルージャのバール・アルベルトに巣食うとんでもない奴ら。それはお金を払わない奴ら。バールへ来る→ツケにする→そのまま払わない、この方程式を堪能しきっている奴ら。その一人がナイジェリア人のファリッド(写真右の左側。写真左の真ん中は店主のアルベルト)である。自称ミュージシャンのファリッドは常に商売道具の太鼓を持ち歩いているのだが、それで飯を食っていけるほど世の中甘くはない。そんなわけで彼は日々ギャンブルに勤しみ、かつバールでお金を払わないのである。って一体どんな図式でそうなるんだ!




ファリッドはペルージャの飲食業界においてひたすら有名人街道を突っ走っている。彼を知らない店主はいない。だってお金を払わないから。以前、チェントロのモルラッキ広場に”タパロカ”というスペイン料理屋があり、足繁く通っていたわたくしはオーナーもスタッフもみんな友達だった。残念ながら2年前に閉店したのだが、そこのオーナーだったウンベルトを囲み、仲間内でランチをしたことがあった。そしてわたくしはウンベルトの発言に仰天したのである。「結局ファリッドのツケをそのままにして閉店しちゃったよ。今頃アイツ、どこで何してんだ?」ていうか、それを追求しないオーナーものん気なもんである。捕まえようと思えばいくらでも可能である。小さい街なのだから。

ファリッドは自称ミュージシャンで、グループを作ってはペルージャや近郊街のバールやパブで生ライブをする。イタリアでは通常、ライブ演奏者はその店で何を飲んでもよいことになっている。つまりタダなわけだ(勿論1回のライブで2杯までならタダ、とマックスを決めているところもあるが)。

一度ライブをやれば店側と顔見知りになるのが常であるから、ファリッドは自分がライブをやったことのある店に必ず通い出す。そして散々飲んだ挙句こう切り出すのである。「ちょっとツケといてくれよ。何言ってんだよ、ちゃんと払うよ。身元の知れない怪しいヤツじゃあるまいし、俺はまたライブしに戻ってくるんだぞ?」

大学横のパブ、ダウンタウンでも彼のツケ状況は凄まじかった。ギャンブルで稼いだときや仕事で少しお金が入ったときだけ、気分で払うのである。わたくしが働いているときも常に「FARID 80euro」等と記された紙きれが、レジ横に貼られていたのを思い出す。「もうダメだよ。限界。ファリッドには今までのツケを払ってもらうまで飲み物は飲ませない。」とさすがに温厚な店主ステファノも固い表情だった。

ま、これもファリッドの一つの手口なのだ。マックスまで頑張る。もうこれ以上はダメと言われるまでツケる。そうやって入店禁止、飲み物禁止の店が増えていく。更にすごいのは、もう何も飲ませてもらえないと分かっている店に、あえてやってくることである。ダウンタウンンでもそうだった。1人では入れてくれないのを知っているから、友達という名の”カモ”を連れてくる。そして「今日はコイツのおごりだから」とおっしゃる。

可哀想なカモたちは、まだペルージャに到着したばかりの外国人であることが多い。ライブでうっかり声をかけられ、おだてられ、イタリア語上手いねとか、人生について語ろうとか、何だかんだ親切に話しかけられ・・・ファリッドにビールを奢ってしまうのである。
ま、女の子をお持ち帰りするとか襲い掛かるとか、そういったヘビーな話は一切なく、ビールで済まされるのだからカワイイものかもしれないが。彼にとって大切なのは、ビールとタバコを払ってくれる輩なのだ。ファリッドには飲ませないと誓っている店としても、別にファリッドの注文ではなくファリッドのカモたちが支払う注文なわけだから、文句は言えない。こんな図式が成り立って、ヒーヒー言うオーナーがいること自体、イタリアである。

さて忘れてはならない、バール・アルベルト。もはやペルージャ中のバールやパブで入店禁止になりつつあるファリッドの最後の砦がガリバルディ通りのバール・アルベルトなのだ。負け男の溜まり場バール・アルベルトはそんなファリッドをも優しく店に入れメンバーにした。その結果ここはファリッドの棲家となったのである。

仕事の時間になって店へ行くと、入り口横にファリッドの太鼓とリュックが置いてあるのを目にする。その瞬間襲い掛かる不快感。案の定ファリッドはラム酒片手にゲームにはまっている。一日中やれ換金だ両替だとわたくしを呼びつけ、飲み物を注文するたびに「少しまけてくれ」とせがむ。彼が要注意人物なのはもはや周知の事実であるから、注文があるごとに支払ってもらおうとすると「何言ってんだ。俺は一日中この店で消費してんだぞ。10回も20回も財布を開けなくちゃいけないのか」と反論される。「今日の終わりにゲームの勝ち金からまとめて引いてくれよ。足りない分は出すから」といい加減なことを言う。勝たなかったらどうするんだよ?

業者がやってきてビールケースを幾つも置いていくと「マリコ、手伝うよ。一人じゃ重いだろう?」と優しく声をかけるファリッド。その目にはユーロマークが光っている。そう、うっかり手伝ってもらったりした日には、後で「さっきのお礼ってわけじゃないけどビール1杯くらいもらえると嬉しいなぁ」と恩着せがましく言われるのだ。ありえない図々しさである。

ファリッド支払いに関して、わたくしはとにかく店主アルベルトに任せるべく、注文したものを一つ残らずメモしていた。そしてあとはお願い、あんたが回収してねといわんばかりにその紙を我らがアルベルト託す。しかし。心の優しすぎる?弱気なウワギちゃんのアルベルトは、ファリッドにすら強く出られないのだ。まともに回収することすらできず、毎月ファリッドのツケが軽く1万円以上計上されている。頭がちょっと足りないボンボンのアルベルトは、1年中ファリッドに対する文句を言っているにも関らず、負債を抱えたまま年を越すにも関らず、翌年また同じことを繰り返す。

バール・アルベルトの常連客はみな口を揃えてこう言う。「ファリッド問題はさ、結局全責任はアルベルトにあるんだよ。彼がもう少し強くなって、断る勇気を持つだけでいいんだからさ。」・・・いやどっちもどっちだと思いますが。

結論から言おう。彼はペルージャにおける要注意人物である。危険はない。全くない。ただ信用ならない。人の好意に200%甘え、ツケあがる。学生の皆さん、彼にタバコ一本差し上げてはなりません。

※東洋人には「肩揉み・マッサージ」ネタで近寄ること多し