カールスバーグビールのオッサンに襲われる(前編

ガリバルディ通りのバール・アルベルト。やる気のない店主アルベルトに、バリスタとして雇われたわたくしは、去年の夏うだるような暑さの中で、毎日独り暇な店番をするのだった。「Che caldo!(何て暑い!!)」とお客が来るたびに愚痴をたれ(まるでアルベルトである)、お客は「10年前のペルージャはこうじゃなかった」と天候の変化についてため息を漏らす。毎日毎日このベーシック会話が繰り返され、夏は過ぎてゆくのだった。

そんなある日、むっつりとした怒り顔のオッサンが店に入ってきた。「カールスバーグ(ビールのメーカー)」とロゴの入ったトラックを店先に止めたところを見ると、どうやら業者のひとらしい。「ボンジョルノ(おはよう)。アルベルトはいるかい?」「今いないけど、ビールの配達ですか?」「そうだ。ま、いなくてもいいさ。勝手にやってるから。ビール、倉庫に入れさせてもらうよ。鍵、かしてくれ。」「鍵・・・ってどれのことだろ?これ?それともこっち?」「それだ、それ。その細長いやつだ。」全く客や業者のほうが店のことを熟知しているというのは、ここバール・アルベルトの特徴である。

オッサンはビールやら、お酒のボトルやらをテキパキと台車にのせ、倉庫へ運んだ。そして「瓶ビールだけじゃなくて生ビールも持ってきたんだけど、どうだい、最近生ビールの調子は?」「調子良いとか悪いとか以前の問題で、多分ガスが切れてます。生ビール、全然サーバーから出てこないんだもん。シューシューって変な音がするだけ」「そうか、じゃちょっと見てみるよ。・・・ああ、ビールも無けりゃ、ガスもねえな。無くなる前に発注してくれっていつも言ってるんだけどな、アルベルトに。」さすが、我らがアルベルト。無発注、未点検、無修正・・・その辺りは彼の得意とするところである。

結局ビール会社のオッサンは生ビールのタンクを2台とガス1台を運び、装着し、サーバーから無事生ビールが出てくるかどうか、テストした。「OKだな。無事終了だ。おっと、このビールは俺が貰うよ。俺様の特権だ。」「どうぞどうぞ。有難うございます。アルベルトさんは、本当にこういうの全然駄目だから。全くね、車とかバイクは独りで修理しようとするのにね。ビールサーバーだとなんで駄目なのかしら」カウンターでその模様を見守っていた常連のミケーレが口をはさむ。「まあな、でもアルベルトはそれで46年間生きてきたんだよ。」

それからもこのオッサンはビールを運ぶためによく店へやってきた。初日に大分お世話になった感があったため、わたくしは「チャオ!1杯飲んでく?冷たいプロセッコがあるよ」とたまにこのオッサンに奢ったりもしていた。そのうち、彼の様子が少しずつ変わってきた。以前はとにかくムッツリしていて、イライラしているような怒り顔を崩さなかったのに、徐々にボソボソと話すようになり、配達にやってくるとその後10分くらいはカウンターで1杯飲みながら、休憩していくようになったのである。

そこまではよかった。そのうち「Che bella....(何て美しいんだ)」「la bellezza asiatica(東洋の美)」「mi sono innamorato di te(君に恋した)」とか訳の分からないことを、カウンターでボソっと言うようになった。例えば明らかに陽性のパーッと明るいオッチャンが、皆の前でそう叫ぶなら問題ないのである。こちらも「Grazie(ありがとう)!Devi venire in Giappone perche ci sono tante ragazze bellissime!(じゃあ日本に来なくちゃ。美人だらけなんだから!)」等と冗談で返せるってもんである。そもそもイタリア人で「君は美しい」等と言ってくるヤツらは大抵このように、簡単にかわすことができるのである。

(後編へ続く)