シモーネの見解

ガリバルディ通りのタバコ屋シモーネの「インターネットポイント・オープン大作戦」はどうなっているのだろう。(第一話 http://d.hatena.ne.jp/barmariko/20050228 第二話http://d.hatena.ne.jp/barmariko/20050314)ここはイタリアしかも田舎街ペルージャ。そうそう事がうまく進むはずはない。タバコ屋に寄ってみるとやっぱり、シモーネの暗い顔。「どうしたの?インターネットポイントの準備はどう?」「どうもこうもねえよ。初期投資的には前回の5500ユーロから4000ユーロくらいまで値下げしてもらえそうなんだよ。PCも安く手に入れられそうだしな。ただ役所のほうでよ、インターネットポイントがここらは既に乱立してるから彼らの利益を尊重するためにも、今新しく設立することができるかどうかって言い出してよ。まあ大方大丈夫だろうって言うんだが100%確実でもないってことさ。」「そんなのあり得ないよ!半年前にガリバルディ通りのトニーのインターネットポイントが閉店したんだから、少なくともここガリバルディ通りには1店舗の空きがあるじゃないの!」「だろう?役所ってのはいつも分けわかんねえこと言うんだよ。」

つまり日本でいえば酒類販売のようなもので、地域によって出店できる数、その権利数が決まっているというのだ。しかしインターネットポイントの出店権利数など決まっているとはどうも思えない。決まっているなら役所側も最初からイエス・ノーがはっきり言えるはず。そこを「もしかしたら出店できない可能性が無きにしも非ず」という非常に曖昧な態度をとっていること自体、おかしいのだ。シモーネの企画を聞きつけた地元インターネットポイント業者が勝手に反対しているだけの話であるに違いない。
「それはそうとマリコ、アルベルトと話したか?またあのパトリックとサンタンジェロ公園の夏の野外パブ企画始めようとしてるだろ?」(野外パブとパトリックについてはこちらhttp://d.hatena.ne.jp/barmariko/20050316)「うそ?!だって1年間『黒人はもう信用しない』って文句言い続けてるじゃないの。しかもアルベルトいわく、ダウンタウンや郊外のディスコテカ・カンティエラ21、チェントロの古い大手パブ・カンディスキーなんかがこぞって野外パブ企画狙っているって。今年はあのサンタンジェロ公園が大人気だってアルベルト言ってたよ。みんなアルベルトにコラボレーションの話持ちかけてるんでしょう?資金のある彼らと共同経営するならともかく、何で今更昨年あんなにかき乱して借金作ったパトリックが関わってくるの?」

「信じられないな。パトリックは去年、アルベルトに何千ユーロっていう借金作ってさ、それを返すどころか知らん顔だよ。昨日アルベルトとカウンターでそんな話してたら、当のパトリックが入ってきて『じゃあアルベルト、そろそろ今年の準備始めようか』って涼しい顔して言うんだぜ。」「で、アルベルトはイエスって言っちゃったの?」「・・・そういうことだ。俺は本当にアルベルトが信じられないよ。アルベルトはよっぽどの馬鹿か、脳みそが壊れてるか、でなけりゃ・・・」「・・・でなけりゃ、何?」

シモーネは声を潜めてわたくしに絶対誰にも言わないよう念を押した。「いいか、絶対誰にも言うなよ、これは俺の見解だから。でもここまでくると、そう考えられずにはいられないんだよ。アルベルトは、アルベルトは・・・」「何よ!?」「ホモなんじゃないかと思うんだ」

散々考えた挙句の見解がそれである。「ちょっと、それはないんじゃないの?アルベルトは彼女だっているじゃないの。ホモってことはなに、パトリックと・・・ってこと?だから強く言えないってこと?」「彼女いようがいまいが、こういうことは関係ないんだよ。考えてもみろよ。あんなに黒人は信用しないとか、金泥棒とか二度と関わらないと豪語しておいて、パトリックが『ボンジョルノ〜』と店に入ってきたらコロっと態度変えちゃってさ。あれはあれだよ、好きだからこそってやつだよ。それにしてもショックだ。」

流石にわたくしはそんなシモーネの見解を信用する気には全くなれなかったが、真剣にわたくしを説き伏せるシモーネには笑ってしまった。わたくしが思うにアルベルトは典型的なノーと言えない人間なのである。どんなに嫌なやつでも、どんなに怒っても強く押されれば必ず最後にはイエスと言ってしまう。そして常にそれは自分の意識とは反対のものであるため、愚痴となって表れる。

わたくしが働いていたときも「マリコ、僕はどうしてもサーキス(もう一人のバリスタ)が信用できないんだ。言動にちょっとおかしいところがあって・・いや、バリスタとしては優秀なんだが人間としてちょっと・・・」と言いながらも辞めさせることができない。その昔ファブリッツィオというほかのバリスタがいた。世界一仕事が出来ないと散々人から馬鹿にされ、事実お人よしなのだが全く働かないバリスタだった。アルベルトはそれこそ一日中ファブリッツィオの愚痴を常連客にぶちまけていたのだが、なんと5年も辞めさせることができなかった。契約が終わったとき「これでやっと開放されるよ」と大きく息をついていたのを覚えている。しかし、また1年間のインターバルを経て先週からファブリッツィオが働き出したのだ。どうやら「働かせてくれ」と何度も頼みに来ていたらしい。アルベルトは昨年「ファブリッツィオが何度頼みにきたって無駄だ。世の中そう甘くはないんだ。仕事が出来ないものは働けるわけがない。僕も今回ばかりは鬼になったよ」とあれだけ言っていたのに、ついに折れたのはやはりアルベルトだった。

ニッポンジンであるわたくしが言うのもなんだが、あれほど気が弱くそしてノーと言えない、押しに弱い人間も珍しい。イタリア人で、という注釈つきであるが。案の上今日わたくしがバールへ寄ると「サンタンジェロ公園の企画、マリコも聞いているだろう?僕はね、冷たいかもしれないが全く興味がないんだよ。みんな勝手にやってくれよ。僕は僕のこのバールだけで精一杯なんだ」それでいいのだ、アルベルト!「そうだよ、わたしもそう思う。いくら今年の夏野外パブへ協賛したとしても、野外パブは夏だけでしょ。秋がきて冬がくれば何も残らないんだよ。来年まで残ってるかどうかも怪しいじゃないの。だったらそのお金でこのバール・アルベルトにキッチンつくるとか、カウンター作り変えるとか、テーブル交換するとか、テラス席広げるとか、そっちのほうが将来に繋がるじゃない!秋も冬も当然残るし200%活用できる。絶対サンタンジェロ公園にお金を捨てちゃ駄目だよ!」

しかし幾らそんな話をしたところで、バールにパトリックやカンティエラ21のオーナーがやってきて「さあアルベルト、夏のパブ企画に向けての気持ちの準備は整ったかい?」と笑顔揉み手で話をすれば、「あ、ああ、もちろんだよ。」とコロっとイエスを出してしまうのであろう。頑張れ、アルベルト。