ご馳走様でした。

突然トーマスとイヴァナに夕飯に招かれた。と言っても「何にも特別なものはないのよ。私たちが食べようと思っていた普通の夕飯にマリコを招いただけで、冷蔵庫にあるものだけだから。」とイヴァナは謙遜していた。しかしイヴァナの料理上手はよく分かっているから、そう言われても期待してしまうってもんである。

(今までのトーマスについてのお話はこちら)
http://d.hatena.ne.jp/barmariko/20050131「トーマスの家で日本食
http://d.hatena.ne.jp/barmariko/20050103「トーマスの誕生日」

わたくしがトーマス家に到着するとイヴァナはまだシャワーを浴びていて、自家用フィットネスで汗を流していたトーマスが顔をほてらせて出てきた。「まあまあ、ゆっくり食前酒でも飲んでて。これは非常に変わった赤ワインでね。よく冷やして飲むんだ。まあ試してよ。」と出されたのは、北イタリアはヴェネト州の「SCHIOPETTINO(スキオペッティーノ)」。イヴァナのお父さんのお友達が自家農園で作った最高の赤ワインで、ぎゅっと濃縮された甘みが口に広がる。確かにこれはきゅっと冷やして飲む最高の食前酒である。「マリコ、わたしたちの友達ジョヴァンニしってるでしょ?あのチリチリヘアーでよく喋ってウルサイ奴ね。彼なんかこのスキオペッティーノのこと馬鹿にするのよ。これは甘すぎるからホモが飲むものだって。」ニッポンでもスキオペッティーノは購入できるはずだが、これほど濃厚なものは飲めるかどうか。あまりにわたくしが気に入ったのを見てイヴァナはワイン倉庫を一生懸命探してくれたが、どうやらわたくしたちは最後の1本を飲んでしまったらしい。

とここで第ニの食前酒、きりっとよく冷えたドイツの白ワインが登場した。「イタリアでは全くといっていいほどドイツワインは受け入れられないんだけどね。これはジェノヴァでワインショーがあったときにたまたま発見したんだ。風味はまさにドイツそのものだよ。それにしてもイタリア人は自分たちのワインしか絶対認めないんだよ。ドイツワインの歴史は古いんだぞ。」と言いながらもすすめてくれたのは「KERNER OPTIMA(ケルネル・オプティマ)」というドイツはモセッラの白ワイン。

さて、イヴァナが濡れた髪のまま料理を始めた。と30分後には前菜の盛り合わせイヴァナ風が登場した。まずチコリの白い葉(イタリアの野菜でフランス語だとアンディーブ、日本でも生産される)とオレンジの実(皮は剥いてある)、イヴァナが漬けた黒オリーブの盛り合わせに濃厚なオリーブオイルとバルサミコをひとたらししたもの。白ワインにとてもよく合う軽やかな前菜である。さらにズッキーニのグリルとブレサオラの盛り合わせ。ブレサオラは干した牛肉で見た目はサラミのようなものであるが、これも彼女の故郷北イタリアの特産品である。彼女はこれにたっぷりの黒胡椒をひき、オリーブオイルをひとたらししていた。30分でこれほど気の利いた前菜を用意してしまうイヴァナはさすがである。しかも盛り付けといい、味付けといい、素晴らしいの一言である。
トーマスがこの前菜に合わせたのは白ワインではなく我らがウンブリア州の赤ワインだった。「IL ROCCETO(イル・ロッチェト)」、サンジョヴェーゼ種とメルロー種の芳香な赤、重過ぎないので野菜を合わせた前菜にもぴったりである。

イヴァナがこの後作ったパスタは、ウンブリア州の郷土料理、サルシッチャ(イタリアのソーセージで中身をほぐしてひき肉のようにして使うことが多い。肉は塩、胡椒、パセリやニンニク等地域によって異なるが味付けされている)と生クリームのパスタ。といいたいところだが、イヴァナは生クリームが重いといって嫌いなので、代わりにフレッシュなリコッタチーズをたっぷり加えた。更にトーマスがこのイヴァナ風パスタに合わせたのは「LAFOA(ラフォア)」という北イタリアはアルト・アディジェ州の濃厚な赤ワインだった。

食事が終わるころになると、「これ、試してごらんなさい。食後にスプーン1杯飲むのよ。消化にもいいから。」といってイヴァナが勧めてくれたのは、何と100年もののバルサミコ酢である。100年!これはもう酢ではない、どろっとした濃厚なソース、その凝縮された甘みの中にほんのり酸味を感じる。言い方は違うかもしれないが、100年ものの梅干を食べたらこんな感じなのかもしれない。

そもそも世界で最も高価で気品のある酢とされているバルサミコ酢は、普通のワインビネガーとは全く生産過程が異なる。原料のブドウをジュースにしてじっくり煮詰め(モスコットという)、樽に寝かせる。更に樫、栗、桑・・・と材質の違う樽に毎年移し変え、独特の風味と濃くをゆっくり引き出すため、熟成に最低でも3,4年かかる。中には100年、200年熟成という素晴らしい逸品も存在する。

バルサミコ酢と呼べるのは、イタリアでも特にエミリア・ロマーニャ州のモデナからレッジョ・エミリアにかけての地域で生産されたものに限られる。ニッポンでも勿論手にはいるが、ここは思い切って熟成期間の長いものを試してはいかが?「イタリアでも市場に一般に出回っているバルサミコは、あれはモデナの人からすればバルサミコではないよ。質の高い本物のバルサミコはね、それだけでソースとしても使えるんだ。ステーキや豚肉のソテーにヒトたらしするだけで、それは抜群の旨さなんだ。よくイタリアではイチゴやジェラードにバルサミコ酢をかけたりするだろう?あれはよく熟成された高品質なバルサミコ酢に限ってできることなんだよ。」とトーマスも太鼓判である。

さて、わたくしが味見したこの100年熟成バルサミコ酢、気になるお値段は?「100ユーロ(1万4000円)」といっても僅か250ミリリットルの小瓶である。あまりに美味しくてスプーンで3杯も飲んでしまったが、あんな代物を味見してしまった今、もう普通のバルサミコ酢では物足りない。

こんな夕飯なら毎日呼んでくださって構わない。というよりどうかお呼びください。