カフェ・モルラッキで寿司(二度とやらない)後編

barmariko2005-02-05


調子に乗り出したコックは続いて海苔巻きにとりかかる。その作品をとくとご覧頂こう。写真の太巻きがそれである。マキスを使わずに、寿司を作るためだけに生まれてきたというその神の手だけで巻いた、ブツである。わたくしは泣きそうになった。(あ、これを読んでいる皆様も泣いていらっしゃると思いますが)その具はといえば、エビの形をした水産加工品、何故か細かく微塵切りにされたキュウリ、入りゴマ・・・詰めればいいというものではない。そもそも海苔巻きに入れるキュウリというのは、その歯ごたえに意味がありだからこそカッパ巻が存在するのである。微塵切りにしたキュウリ、これではキュウリも可哀相である。

わたくしは極端な愛国精神家ではない。伝統的な寿司は大好きだが、カリフォルニアで生まれたカリフォルニア・ロールやツナ巻やサラダ巻だって勿論大好きである。実力のある創作は大歓迎ある。日本在住のイタリア人シェフが日本の食材を上手に使って新しいイタリアンを生み出すこともあるし、そもそも外国人は偏見に囚われず何でも試すから時に新しい味の発見があったりもする。わたくしだってチラシ寿司にルッコラを和えたり、イタリアでの和食というものを追求したいという気持ちもある。だがしかし、このコックの作品はまず見た目が汚すぎる。パニーノの具を挟むのとは訳が違うのだ。そしてこの数本の太巻きを完成させた後、ふらふらと店内に戻って常連とワインを飲みだした。余裕の一服というやつである。わたくしはと言えば、一心不乱でとにかく自分の分だけでも普通に食べられる寿司を作ろうと、スモークサーモンとキュウリ巻き、苦肉の作ネギトロ巻きに集中した。


ここでコックとキッチンへ入ってきたモルラッキのオーナー、ステファノ。午後19時になるところだった。「やあ、君がマリコかい?調子はどう?寿司のほうは順調?」コックは得意げに自分の作品をオーナーに見せびらかす。

「ところで買い出しはどうだったの?幾ら使ったの?」「150ユーロぴったり。お金はパオロ(もう一人のオーナー、カフェ・モルラッキは2人オーナー体制)から貰ったから」とコック。ステファノの顔色が一気に変わるのをわたくしは見逃さなかった。「って、君たち150ユーロ(2万ちょっと)も材料費かけたわけ?!誰が払うんだよ、こんなに。」

つまりオーナーのステファノ、フェスタを企画したシスコは全くもってお金の相談をしていなかったのである。では何故コックは150ユーロも店から貰えたのか?そこにはパオロという、ステファノの弟でもあるもう一人のオーナーの存在がある。パオロはこのフェスタの買い出しの為に、兄ステファノの了解なしに勝手に150ユーロ渡してしまったのだ。兄弟でありながら、同じ店のオーナーでありながらこの今回二人は全くコミュニケーションをとっていなかったのだ。ああイタリア人よ、わたくしには分からないことだらけである。シスコは何故お金の話を店側にしなかったのか。ステファノは何故お金の話なしにフェスタの寿司を承諾したのか。パオロは何故独断で150ユーロをコックに渡したのか。

「いいか君たち。この寿司はシスコが企画したフェスタの為のものだから、シスコが払うべきなんだ。絶対にうちの食前酒のお客には出すなよ。シスコが呼んだフェスタの客だけが食べるものだ。」「でも、もう大分出来上がってるから、せめて19時か20時に常連のカウンターのお客だけにでも早めに出しましょうよ。」とコック。「駄目だ。一人に出したら、その後我も我もで全てのテーブルにサービスしなくてはならなくなる。そうなったらこの材料費は俺達が持たなくちゃならない。しかも21時にやってくるシスコの客の分がなくなったらそれこそ大クレームだ。」
「いや、でも量的には有り余るほどあるから・・・」「絶対に駄目だ。」

つまりステファノは150ユーロもの材料費を全部シスコに払わせるために、寿司1個でも店側の常連客に食べさせるなというのである。店側も寿司を利用するとなると、シスコは店側に材料費を請求するに決まっているからだ。

そして更に一つ言及。コックは、あれほどオーナーとシスコの了解をとってからにしてよ、とわたくしがお願いしたにも関わらず、全く承諾を得ずに寿司を19時から出そうとし、わたくしを15時に呼んだのだ。つまり。本来なら19時開始でよかったところをコックの一存で15時キッチン入りとなった。だがしかし、15時から19時までの4時間、この空白分の仕事料はどなたが払ってくださるのか。オーナーもシスコも「19時から、って言っただろう」で終わりである。

それぞれが己のことしか考えていない。「イタリア人は仕事ができない」とは今や世界で言われることだが、「仕事ができない」の根元は「自分のことしか考えていない」ことにある。特にペルージャのような田舎街では、「働く」の定義がニッポンジンのそれと見事に異なる。ニッポン人について言えば、例えば田舎の郵便局の窓口も、東急ストアのレジのお姉さんも、みんなある一定の教養がある。これはニッポンにいると当たり前のことだが、実は本当に凄いことなのだ。銀行の窓口で煙草をすったり、警察の窓口で書類を作成中に「チャオ〜、ハニー〜」と彼氏からの電話に出てしまう、そんなことはニッポンでは有り得ない。勿論、ニッポンジンは働きすぎ、私生活や家族を犠牲にしてまで働くその姿勢は世界で批判され揶揄されることも多いし、イタリア人よ、ニッポンジンを見習えとは絶対言えない。しかし。もう少し「相手のこと」「お客様のこと」を考えて結果「よいものを生み出そう」というところに集中してもらいたい。(というとイタリア人からは「ニッポンジンは相手のことばかり考えすぎる」と言われることは間違いないのだが。)まあバランスの問題なのだ。イタリア人50%ニッポンジン50%くらいの仕事ぶりが望ましいのだろう。

ところで彼らはこの寿司をどうサービスするかも全く決めていなかった。ブッフェにするのか、一人一皿でこちらで盛り合わせるのか、一テーブル一皿にするのか・・・。当初はブッフェのようにカウンターに並べていったらしいのだが、とたんに客が群がり、皿を置くと同時にその皿ごと自分たちのテーブルに持っていってしまう客もいたらしく、オーナーステファノの怒りは凄まじかった。「俺達は寿司バールじゃない。大体日本人の客にグラスワイン1杯で寿司あれだけ食べられたら他のテーブルからもクレームだ。」(ここで日本人客の名誉のために言及するが、彼らはコックが調子にのってどんどんテーブルに直接持ってきた寿司だけを食べたのだ。カウンターに置かれたブッフェ用の寿司には全く手をつけていない。)「どんどん作って出してもすぐ食べられる。これからは30分に大皿3枚盛り合わせにしてくれ」そして30分後。「材料費の150ユーロを少しでも取り戻す為に、一皿少しでもいいから値段をつけよう。一人分の小皿盛り合わせで1,5ユーロだ」

酷い話である。30分ごとに変わるオーナーのジャッジ、彼は誰がどう見ても平静を失い完全に天張っていた。最初はタダだったものが後になればなるほど値段までつけられて。大体さっきまで0円だったものに誰がお金を払ってまで食べようと思うのか、それは心理的にも有り得ない。やはり最終的に寿司の出足は途絶え、結果30本の海苔巻きが余った。

結局お金は全てモルラッキが出した。いい思いをしたのはシスコだけである。こんな仕事ぶりでよくもまあ5年間もコーディネーターとらやらをやってられるものだ。わたくしはと言えば久々の悪夢で実は相当落ち込んだ。何といっても自分の名前が出ているのにあんな寿司が出回ってしまったこと(日本人の方も沢山来ていたというのにあれでは申し訳なさすぎる)、それから全くされていなかった企画、吐き気をもよおす彼らのディスカッション、最初から微妙に胡散臭かったシスコに「うん」と言ってしまった自分、あげたらきりがないが、もう二度とイタリア人を間に挟んで企画に関わるのはやめようと誓った。自分が直接店と企画してお金の話も全て了解の上でなら問題ないが、自分を安売りされるような話だけはごめんである。

そう言えばこのシスコとやら、実はペルージャの日本人の間では有名だった。(というのも全てフェスタの後に知ったのだが)翌日ペルージャ外国人大学で教鞭を取る日本人教授の奥さんに会ってその話をした時「だめよ〜、あいつは。シスコは私たち日本人の中ではもうブラックリスト入りなんだから。昔も日本とイタリアのスポーツ祭典の企画があったとき、何故か彼もそこに関わってたのよね。もう本当にわたしたち振り回されて。最初は本当に調子よくていつもOK、OKって言ってるんだけど傍ら何にもやってないんだよね。しかも責任転換の速さっていったら、酷いもんよ。で、お金だけ持っていくんだから。もう一人の日本人教授も激怒しちゃってね、ペルージャからシスコを追い出したろかくらいの勢いだった。」そ、そうだったのか。