アンドレアの食卓。

これまたシンプルなカリフラワーだけの

美味い。
初めてアンドレアが作るご飯を食べたのは、1年半前くらいだっただろうか。アンドレアの家に夕飯に呼ばれて、雨の降る中、友人と一緒にテクテクとペルージャの街を歩くこと30分。彼の家はわたくしの家からチェントロ(中心地)をはさんで反対側にある。
「何でこんな遠いとこ住んでんのよ」「雨もひどいし」「ああ、お腹空いた」と空腹と雨のせいで募る不満は、アンドレアのキッチンに入った瞬間見事に消えた。

ほのかに香るローズマリー、丁度良い具合に甘く焦げたタマネギ、オーブンの中のパン。言いようのない温かい香りと空気がキッチンに立ち込めていたのを今でも鮮明に覚えている。この日のメニューはわたくしにとって劇的だった。

■タマネギだけのシンプルなクリームシチューとカリカリに焼けたパン
■赤インゲン豆とタマネギのオレキエッテ(耳たぶの形をしたショートパスタ)ローズマリー風味

このシチューは元祖イタリアンではない。アンドレアがたまたま雑誌で見つけたもので、その料理名は「タマネギのロシア風スープ」だったらしい。何故ロシア風なのかは誰にも分からないのだが、タマネギがどっさり入ったクリームシチューを、オーブンでカリカリに焼いたパンの上にかけて食べる。このシンプルさがたまらない。

白インゲン豆はマリネにしたりサラダにしたりと頻繁に食べていたが、赤インゲン豆はこの日の夕飯までわたくしは一度も使ったことがなかった。使い方がいまいち分からなかったのと、それを食すイタリア人が身近にいなかったからだ。今ではすっかり我が家の常備品である。

アンドレア曰く「南イタリアでは豆を本当によく食べるんだよ。そもそも南イタリアの家庭で食べるパスタは、野菜や豆だけのシンプルソースで作ることが殆どで、こってりチーズ系パスタやミートソースっていうのは北イタリア中心なわけ。元来南イタリアっていうのは貧乏な地域だったから、肉やチーズは食べられなかったんだよ。だからこういう南部料理を称してクチーナ・ポーベラ(貧しい食事)って言ったりもするんだ」ちなみにアンドレアは南部イタリアでも長靴のかかとの少し上にあたる、プーリア州出身である。

話を戻そう。タマネギをじっくり炒めて赤インゲン豆の水煮を入れ、乾燥ローズマリーを加えて煮ること10分。低カロリー、お腹に優しいパスタソースの出来上がりである。この組み合わせはプーリア州独特のもので、合わせるパスタは耳たぶの形をしたオレキエッテであれば最高、無ければフジッリペンネ等の他のショートパスタでも構わない。
もう少しボリュームが欲しければ、パンチェッタを加えるといい。(これも抜群に美味い)

今ではすっかりわたくしの定番メニューで他のイタリア人の友達に「今日の夕飯は、豆とタマネギのローズマリー風味のパスタよ。パスタは勿論オレキエッテ」等と言うと「というとプーリア州のあれ?ほほーー。凄いなあ。いや、絶対美味いでしょ。え?それマリコが作るの?」と100%感心される。料理通な外国人ジャポネーゼとしてのレッテルが間違いなく貼られる。

ところであの夜のアンドレア宅での夕食会は、総勢7人だった。アンドレアの凄いところはあれだけ美味しくてお腹に優しい2品を作ってくれたというのに、超低コストに押さえているところだ。よく考えれば肉やチーズは一切使用していない。
◇赤インゲン豆の水煮2缶(約80円)
◇タマネギ10個(約300円)
◇牛乳0.5リットル(約40円)
◇パスタ700グラム(約100円)
◇パン(約150円)
◇野菜ブイヨンの素、ニンニク、唐辛子、オリーブオイル・・・

一人当たり100円であれほど美味しい2品をお腹いっぱい食べさせることができる、これは才能だ。アンドレアは言わずもがな超料理好きで人を招くのも大好きだが、その都度大金はたいて料理をしていたのでは、長く続かない。野菜や豆だけの家庭料理で大勢呼ぶほうが、招く方も招かれる方も気楽である。

アンドレアの言う通り、彼の作る料理は野菜中心である。ルッコラが大好きで、トマトソースだけのシンプルパスタには、山盛りの生のルッコラを和える。
プチトマトと赤ピーマンをぐつぐつ煮込んだだけのソースはニョッキに合わせる。イタリアの赤や黄のピーマンは日本の5倍くらいの大きさで、甘みが凝縮され香りも強い。このソースの味付けは塩だけなのに、ほっぺたが落ちる程の美味しさである。
そもそもニョッキのソースはゴルゴンゾーラチーズか、シンプルトマトソース、もしくはセージとバターのソースしか知らなかったわたくしには、目から鱗だった。

ところでアンドレアのお母さんは、やはり彼のマンマだけあってスーパー料理人である。その料理に対する情熱は留まることを知らない。アンドレアは帰省する度にマンマから山のような食材を持たされ、そのおすそ分けがわたくしの家にまでまわってくる。

例えば、手作りのオレキエッテ。手作りの乾燥トマトオリーブオイル漬け。オリーブ農園から直接仕入れる地元のオリーブオイル。どれもこれも美味しすぎて、勿論お会いしたことはないがアンドレアのマンマに大感謝である。彼女はこんな一ジャポネーゼにまで彼女の作った乾燥トマトのオリーブオイル漬けがまわってきていることを恐らく知らないだろうから。