バール・アルベルトの人々1

駄目男の吹きだまり。ガリバルディ通りにあるバール・アルベルトは面白くて目が離せない。去年の夏ここでカメリエラ兼バリスタとして働いたのだが、毎日笑いをこらえるのが大変だった。
まずオーナーのアルベルト、超マッチョな男46歳。ペルージャ近郊の湖でカヌーも教える全身日に焼けた筋骨隆々のスポーツマンである。バールにやってくるお客の殆どが男性である為、当初私はアルベルトはゲイなのだと思っていたが、ある日6年超しで付き合っているノルウェー人の彼女を紹介されその疑惑は解けた。アルベルトは超お金もちである。純粋なペルージャ人がそうであるようにまた彼も代々の土地を受け継ぎ、実は仕事などしなくても暮らしていける。ホンダのバイクのほかに車も2台持っている。1台はカヌーを積むための大型車、もう1台は何とアルファ・ロメオのクラシックカーである。

とにかく彼は笑える。誰よりも逞しく力持ちであるのに口癖は「疲れて死にそうだ。俺はもう駄目だ」「こんな暑さ(あるいは寒さ)じゃ何にもできない」と一日中健康を客に訴える。吹き出もの一つ出来たらもう大変、カウンターの客は毎日その愚痴を聞かなくてはならない。さらに彼は超詮索好きで世間話に花が咲いたら止まらない。おばちゃんそのものである。

マリコ、さっき入ってきた60歳くらいのオヤジいるだろう?あれペルージャ一古いゲイだよ、マウリッツィオって言うんだ」「マルタ(アルベルトが大嫌いなトルコ人の女の子)は本当に終わってるよ。あの子は見た目の美しさを磨くことと酒をおごってくれる男を探すことだけに全力を注いでるんだよ。ああ、去年あんな奴を店で働かせるんじゃなかった、未だに知り合い面されるし。一生の恥じだ。」「隣のパニーノ屋が売り上げ不振でさ・・・」「ファブリッツィオ(店のバリスタ)ほど仕事ができない奴は見たことがないよ。もう我慢の限界だ。兄貴はもう少しマシな奴なんだけどね。」
身内のネタはいつでも大公開、店のカウンター超しにオープンに繰り広げられる世間話である。会う度に「さあマリコ、今日は何を話してくれるの?」と聞いてくるのはいいが、まずお決まりの「俺は死んでるよ」とか「頭も細胞も粉々だよ」でそのお喋りは始まり、最終的に離し続けるのは彼である。

バール・アルベルトの客層というのがまた凄い。バールの雰囲気自体はなかなかどうして落ち着いているし、何百年も昔のパラッツォ(建物)を利用しているのでアンティークですらある。がしかし、客という客がこれまた野郎臭いのだ。

まず店の一角にはスロットマシーンが3台並ぶ。これはイタリアのバールの特徴で日本のパチンコのようなもの、全てのバールでお目にかかることができる。勝てば現金がその場でもらえるのだが、このゲームにはまって人生が崩れ落ちるひとも少なくはない。
朝から晩までバール・アルベルトのこの一角にはスーパー固定男性客が詰め寄り、それはもう真剣そのものである。さらにバールの入り口で暇そうにたむろする常連たち。生っ粋のペルージャ人フランチェスコ60歳は、店の前でかれこれ1年続く教会の工事を朝から晩までボンヤリ眺める。それからマウリッツィオ(あのゲイではなく、別のマウリッツィオ)、最近仕事がないのかいつ行っても店の入り口でドアマンよろしく眠そうに立っている。そう言えば去年の夏あのマルタに目を付けられ、彼女のビールはいつも彼が支払っていた。自称保険営業マンのマウロ、親から譲り受けた家を学生に貸してその家賃収入だけで生きている28歳のマルコ・・・

常連の半分は職なしである。仕事がなくても自堕落な生活をしていても、暖かく迎えてくれるバール・アルベルト。しかしこういう常連客が一日中何するでもなくビール片手に店先に突っ立っているので、若い女性や学生達がなかなか入ってこない。結果怠け者のコミュニティとなってしまったバール・アルベルト。

最近アルベルトは毎週水曜日と金曜日の夜、DJを呼んでパーティを定期的に企画している。カクテル半額、サングリア一杯無料、等サービス満載でなかなか盛況なようである。その夜だけは外国人大学へ通う金髪のアメリカンガールズがやってきて、バール・アルベルトはさながらクラブのようになる。

しかし私からすれば何かが違う。どんなに若者が集まっても、DJを呼んでも、バール・アルベルトは変わらない。ふと見ればパーティを楽しむ若者の中に点在する、いつもの怠け者とオヤジたち。何が企画されても絶対にバール・アルベルトから離れない超常連。
もはや主役は彼らである。