古着屋のルチャーノ

barmariko2005-01-06

ガリバルディ通りに入って直ぐの右側に、60年70年代物がギュウギュウ詰まった猫の額ほど(多分5畳くらい)の小さな古着屋がある。自分に合うサイズを探すのは至難の業だが、宝物を掘り当てるような楽しみがあって病み付きになる店なのだ。しかも安い。日本でいうユニクロ並みの価格で、ワンピースもジーパンも3000円前後、スカートやシャツは2000円以下、皮のコートやジャケットも1万円以内で手に入る。

オーナーはララとルチャーノ。この二人、文句無しのイイ奴らなのである。ララは超度迫力の巨漢で、ルチャーノから聞いたのだが最近脂肪をとるための手術をしたらしく10キロ減だと言っていた。確かにあの狭いスペースにララがいると多少圧迫感を感じなくもなかった(ごめんなさい、ララ)。見た目はお世辞にも若いとは言えないので歳は聞いたことないが、40歳〜50歳であろう。32歳のルチャーノと同居していていつも一緒にいるので、まあ兄弟や親子ではないにしても親戚の叔母と甥とか何らかの血縁関係を想像していたのだ。

まさかのまさか、恐らく二人は恋人同士である。恐くて聞けないが同居ではなく同棲である。何故かって本当にいつも一緒にいるからだ。ルチャーノは彼女がいると言っていたが、実際ララ以外の女性と歩いているところを見たことがない。

32歳のルチャーノの恋人ということは、ララも見た目とは裏腹に30歳前後かもしれない。うっ、オバサンと思っていたが・・・多分私と同じくらいなのだろう。あれ?この人と私は同い年なの?という、イタリアで何度も受けた複雑なショックをまたひっそりと受けた。

たまに店を覗いても誰もいないことがある。そんな時は必ずルチャーノは向かいの床屋でおしゃべりしている。お客が自分の店に入るのを見ると慌てて出てくるのだ。まったく平和な風景である。

あるとき客が私一人の時ルチャーノが声を落として言った。「実は去年ヌード写真を撮ったんだよ。知人でイタリアでは有名なペルージャ在住の画家がいてね、モデルを頼まれたんだよ。ヌード限定で。彼はモデルを見ながら描くタイプじゃなくて、まず写真を撮ってそれをもとに絵をおこすタイプなんだ。200枚はとったかなあ。ポルノみたいな下品なものじゃなくて芸術としての作品だからね、嬉しいよ。見る?」と言って徐に2階の倉庫へ上がり何枚かの写真を片手に直ぐ戻ってきた。

マリコには上半身だけ見せるよ。いや、僕は全部見せたって平気だけど、だって芸術だし。でもマリコが気分悪くなると困るから。男の友人には全部見せてるよ。」といって写真の一部を手で押さえて隠しながら、一枚一枚説明してくれたのだった。

確かに内容としては100%アートなのだが、今目の前で話している古着屋のルチャーノがルネッサンス美術宛らのポーズをとっているのを見るとどうにも可笑しさが込み上げてくる。
しかもその中の1枚は、裸体の上にヴェールをかけ、イタリアの宗教画によく見られるイエス・キリストの如く両手を天に向かって掲げているルチャーノだった。

「何だかこれ、イエス・キリストみたいだね?」コメントに困っていたのもあって半分冗談でそう言ってみたら、「ブラバー!やっぱりそう見える?いや彼がさ、僕の顔つきはキリストに似ているからってこのポーズを提案したんだよね。」い、いや・・・似てるのは肩まで伸びるその縮れた髪くらいでは・・・
しかし昨年撮ったヌード写真を未だに店に置いているというのは、相当その写真を気に入っている証拠、そしていつでもそれを友達に見せられるためなのか。予想は当たっていた。後日私が友人に、ルチャーノのヌード写真を見たことを話すと「僕たちも見たよ。しかも男同士だから問題ないって、全部見せられた。マリコは上半身だけ?」

しかも最近購入した2万円の携帯に、自分の一番お気に入りのヌード写真をデータ保存していて嬉しそうに見せてくれた。いつでもどこでもヌード写真を携帯しているということだ。これからは店だけではなくて、道端で会っても彼の宝物を私たちに見せてくれるのだろう。

彼は間違っても変態ではない。美術を愛しているし、店でヌードに対するディスカッションを繰り広げることもある。何より親切を絵に描いたような人柄で、私は大好きだ。いつだったか私が大学の音楽史テストの準備が直前まで全然出来ていなかったとき、ルチャーノと彼の妹アンナが店そっちのけで手伝ってくれた。私のかわりにテキストを速読し「マリコ、要約するとこういうことだよ。ここだけ暗記すればいいよ。」と試験開始30分前まで私は古着屋の店先で彼らのお世話になったのだった。

店で何か買う度の友達割引は当たり前。お金がなくても気に入ったものがあれば購入できる。「お金なんていつでもいいからね。気にしないで。重要なのはマリコがこれを着ることだよ。だって似合ってるから。」

さらに泣かせることを言う。「君たち日本人といると何故か落ち着くんだよね。多分相性がいいんだと思う。君たちの教養とか文化が大好きなんだ。」さらにこう続く。「あ、そういえばアイコがあのジャケット昨日買っていったよ。」「シンゴとヨウヘイが店に寄ってくれたよ」「サトコが散々迷った挙げ句あのグレーのコート買ったよ」とオープンなお客ネタは、バール・アルベルトのそれと同じ色である。

私の友達Tさんが就職活動で急遽アレッツォの宝石会社へ面接に行くことが決まったとき、スーツがなくララとルチャーノのところへ相談に行ったら、もう閉店だというのに店中の在庫を探してありったけのネクタイ、ワイシャツ、ジャケットを揃えてくれた。しかも「持って帰って自分の持ってるパンツにどれが合うか見てみたほうがいいよ。ハンガーもいる?」と購入前の1泊貸し出しまで提案した。「靴もないの?じゃあ明日私がいつも利用する郊外の靴問屋へ行くといいわ。待ってて、営業時間電話で聞いてあげるから。」とララも身をのりだしてくる。

Tさんが無事スーツを揃え面接へと旅立った日、古着屋へ立ち寄ると「Tは無事旅立った?面接は何時からなの?きっとうまくいくよ、大丈夫だよ彼はブラボーだから。皆で祈う。」閉店間際にもう一度立ち寄ると「もう帰りの電車の中だよねえ?マリコ何か連絡あった?」と気にしっぱなしであった。

古着屋を始める前パブレストランで働いていたのだがその時あの中田とも知り合いになり、彼からもらった直筆のクリスマス・カードを自慢する。「中田は本当にいい奴だよ。いつもうちのレストランにご飯食べに来てたね、女の子と。(誰だろう・・・)しかも彼のファッション・センスは完璧だね。彼独自のあのスタイルには脱帽だよ。」とべた誉めである。

ところで先日私が店に寄るとルチャーノがこう言った。「マリコ!僕のヌード写真を元にした絵、完成したんだけどね、即効売れたんだよ。誰が買ったと思う?通産省。そんな大層なお役所の玄関に僕のヌードが飾られるなんて、想像もしてなかったよ。」

イタリアは恐ろしい国である。