マガーリ

MAGARI!
「新人さんなの?今年の新卒?」「マガーリ!」ついうっかり営業中にお客さんの前で発しそうになったイタリア語を、慌てて飲み込む。ここはニッポン、ニッポン。イタリア語なんか出てしまった日には不気味がられるだけである。そんなアンタ、新卒なわけないだろうが。新人でも明らかに中途、フレッシュさの欠片もない。(そんな解説がしたかったわけではない)「MAGARI(マガーリ)」これほど便利でイタリア的な言葉はない。タイミングを掴めば、一日に何度も口にするシーンがイタリアにはある。

「えーっ、絶対20代だと思ってた!」「マガーリ!」
「仕事見つかった?」「マガーリ!」
「明日は仕事休み?」「マガーリ!」
「で、電車はちゃんと定刻通り来たの?」「マガーリ!」
「これ本物?70年代のグッチ?」「マガーリ!」
「試験は今日が最終日だと思ってた・・・」「マガーリ!」

ニッポン語で考えると「そうだったらいいのに」くらいが適切か。実際には実現しなかった願望を現す表現である。「本当はそうしたかったんだけどダメだった」「そうだと有難いけど実際は違う」という、ちょっと切ない言い回し。とはいえそこに絶望感はなく、場合によってはどことなく楽観的要素が感じられる。これこそイタリア的な表現に他ならない。

ニッポン語にはこの状況を端的に表す言葉がない。勿論文章で説明することはできるが、スパッと言い切ることのできる「一単語」がない。だから上記のようなシーンに出会うとわたくしの頭の中にはまず「マガーリ!」が浮かび、それをニッポン語に意訳する必要が出てくる。その結果「そうだったら嬉しいけど残念ながら違う」等という、非常に回りくどい表現を使っているのが寂しい。

さて「マガーリ」を使い出すと、慣れないイタリア語会話に突然テンポが生まれるから不思議である。簡単な一言なのに、非常にこなれて聞こえること間違いなし。この一言で全てを物語ることができる、優れもの。例えば上記の「絶対20代だと思ってた」の返しに「マガーリ」を使うと・・・「そりゃアンタ20代だったらいいけどさ、残念ながらもう30代よ」といったニュアンスがその裏に全て盛り込まれるのだ。実際その状況説明を正確なイタリア語でしようと思うと結構なハードルで、語学に若干自信のない留学生たちはシドロモドロになってしまう。そんなときに大活躍なのが「マガーリ!」なのである。

イタリア旅行会話でも使えるのか?勿論使えます。例えばホテルでこんな感じ。
「お部屋はどうなさいますか?本日はスイートルームも空いておりますが」「マガーリ!」
この一言で「そりゃお金があれば泊まりたいけど無理に決まってるでしょ。あーでも一度でもいいから泊まってみたい」くらいのニュアンスを伝えつつ、実ははっきりノーサインを出していることになる。

とはいえ便利便利と思って使いすぎると恐ろしい勘違いを生むことになるので注意しよう。例えば旅行中、典型的かつ軟派なイタリアジンが「チャオ、ベッラ!ちょっと飲みにでもいかない?」としつこく誘ってきたときに、やんわり断ろうと思って「マガーリ」と返したら、それこそ相手の思う壺。まず「本当はアナタと飲みにいきたいところだけど・・・ちょっと急いでいるから」のニュアンスとして伝わり、更に「本当はアナタと・・・」の前半部分だけが彼らの耳にこだまし、あの特有の超ポジティブ発想のもとでしつこく追い回される羽目になるのだ。ま、そんな余計な一言をうっかり口ずさむ方はいないでしょうが。