吸い込まれたバスチケット

NON ESCE PIU' IL BIGLIETTO!!!
大変なことが起きた。といってもペルージャ的に大事件なだけである。まず、ペルージャのバスチケットがどう機能しているか、簡単に説明しよう。1回券は1ユーロ(約140円)で、乗車してから75分以内であれば何度でも乗り降りできる。路線を変えたって構わない。上手に使えばなかなか便利である。さらに10回券は8.4ユーロ(約1100円)、20回券だとさらにもう少しお得になる。これはニッポンだって同じこと。

このチケットはニッポンで言えば定期券と同じサイズなのだが、紙製である。乗車するときに、これを車内に設置された小型マシーンに通すと、乗車時間が刻印される。これが「ちゃんと切符を買って乗ってますよ」という証明になるのだ。

今朝、友人アンドレアは、駅裏手にあるリードルという激安スーパーへ食料買出しへと出かけ、あまりに荷物が多いため帰りはバスを拾った。まだ1度も使っていない10回券をマシンに差し込むと・・・ウンともスンとも言わない。つまり飲み込まれたまま、出てこないではないか。「まだ1度も使ってないのに!」あせったアンドレアは、運転手に直ぐ抗議した。

「僕は本当にまだ1度も使っていない、買ったばかりの10回券を入れたんだ!お金を返してくれ!」運転手はやんわりとアンドレアに言い聞かせる。「僕らに現金を扱う権利はないんだ。君の名前は?アンドレア・リッテラさんね。じゃこれ、今紙に書いたからね、君の名前。これをちゃんと僕が駅のバス切符売り場に届けるからね。10回券が吸い込まれた、まだ1度も使ってないってちゃんと説明するから。安心して、10回券は戻ってくるよ、当然だ。君は・・・そうだな。今日の午後にでも切符売り場に行ってみてくれ。」
さてその日の午後、アンドレアが駅の切符売り場へ行くと・・・「知らないね。そんなことは聞いていない。他にも切符が吸い込まれた人たちがいるんだけどね、ほら、それがその人たちのリスト。アンドレア・リッテラなんて名前、入ってないだろう?僕らはこのリストに入っている名前のひとにしか返金できないから。」と、おっさんたちはまるで冷たく突き放す。(おいおい切符が吸い込まれた人のリストって・・・そんなにしょっちゅう吸い込まれるものなのか)

怒り奮闘はアンドレアである。「僕が一体何をしたっていうんだ!僕が嘘をついているというのか!?12時前にリードル前で9番のバスに乗ったんだ!そのバスの運転手の名前くらい調べてくれ!それで彼に直接確認してみてくれ、絶対その運転手は僕の名前を控えたんだから!」「あいにく、バスの運転手の名前を僕らで調べることはできない。僕らは切符販売だけだから」「ふざけるな!その運転手が僕に今日の午後にここへ来ればお金を返してくれるって言ったんだぞ!」「だから君の名前はリストに入っていないっていっただろう!」「もういい、警察を呼ぶ!」「呼びたきゃ呼べよ!」

怒り狂ったアンドレアは、切符売り場の目の前で何と警察に電話をかけ(イタリアじゃよくあることだ)、「1回も使っていないバスの10回券が刻印マシーンに飲み込まれた。僕は何もしていないのに、ここの切符売り場のやつらは謝るどころかお金も返してくれない!話を取り合ってもくれない!こんな不条理なことがあってたまるか!」「まあまあ、君落ち着いて。ちょっとその切符売り場のひとに替わってくれるか?」

警察と切符売り場のおっさんたちが電話でもめること10分。(何をどうもめるというのだろう)再びアンドレアが警察のひとに替わると「君の言うことはもっともだけどね、あちらとしても君の名前が届けられていない以上君に返金はできないんだよ。恐らくその運転手がまだ届けてないんだろう。連絡を待ちなさい。明日にでもはっきり調べるといっているから。」

全くありえない状況である。そもそもバスの運転手がその場でお金を返していれば、事は超スムーズに運んでいたわけである。刻印マシーンの故障で券が飲み込まれたというのに、被害者がわざわざ駅まで足を運び、さらに全く取り合ってくれないおっさんたちと話をするために、警察へ電話をする。しかも自腹で。自分の携帯で。一体何なんだ、この国は。

この話には結末がある。翌日駅前切符売り場からの電話連絡を待っていたアンドレア、いてもたってもいられず、今度はチェントロにあるイタリア広場に面した、別の切符売り場へと出かけた。万が一そちらへ届いてはいないかと思ったからである。

イタリア広場の切符売り場では、1人のシニョーラが働いていたのだが、昨日のスーパー感じ悪いおっさんたちとは打って変わって、とても優しい人で、アンドレアの身の上に起こった事件(?)に同情してくれた。あいにくここへもアンドレアの名前は届けられていなかったのだが、シニョーラがあることを思い出した。

「こういうことが起こるとね、駅前の切符売り場ともう1箇所、郊外にあるカザーリャ近くの切符売り場へも届けられたりするのよ。そっちに聞いてみましょう。もしかしたら届けられているかもしれないわ。」そしてついに。アンドレアは自分の名前を発見したのである。運転手は確かに「駅前の切符売り場へ届ける」と言ったのに、何故届いていなかったのか。聞けば簡単な理由だった。

アンドレアが降りた直ぐ後に、無賃乗者を調べるバス会社の人たちが乗り込んできたというのだ。この無賃乗者を取り締まるひとたちは、刻印マシンをこじ開ける権利を持っている。というわけで、運転手は「さっきアンドレア・リッテラという男性の、1回しか使っていないチケットが吸い込まれたよ。あったか?それだそれだ。それを駅前の切符売り場へ届けてくれよ」無事回収できたはいいものの、どこでどう間違えられたのか分からないが、彼らは駅前ではなく、郊外の切符売り場へアンドレアの名前を届けてしまったというわけだ。

1つ分かることは、誰1人として、自分の任務を責任持って果たしていないということだ。他人に投げておしまい。口頭でのみ引き継がれ、その前後確認など存在しない。ちっぽけな、本当にささいな出来事が、警察まで絡んだこんな事件に発展するとは。