ローマでクリスマス♪の悲劇

今から3年前のクリスマス。大学も休みになってペルージャはガラガラ。イタリア人はクリスマスの休暇を必ず家族で祝うため、ペルージャ在住の学生や労働者はみな、こぞって帰省する。留学に来ていたフランス人やドイツ人、スウエーデン人たちもみな、国が近いものだから皆その期間だけ帰省してしまう。

というわけで、クリスマスから正月にかけてペルージャに残るひとというのは、行き場のない薬の売人や怪しげなアルバニア人、モロッコ人、そして・・・・祖国が遠い東洋人か中南米人(メキシコやブラジル)なのである。街中にイルミネーションが飾られるが、はっきり言ってしょぼいことこの上ない。東京の恵比寿ガーデンプレイス六本木ヒルズ、昔の表参道のそれのほうがよっぽど洗練されていて美しい。まあペルージャは山間の田舎街なのだから仕方ないといえばそれまでなのだが・・・というわけでわたくしは、暇をもてあましていた他の日本人学生に誘われて、ローマ1泊クリスマスツアーに行くことにした。

しかしその2,3日前から、わたくしはヒドい膀胱炎に悩まされていた。血尿が出ただけではなく、骨盤や腰の痛みが悪化して、クリスマス当日は体もだるかった。しかし!クリスマスに1人でペルージャに残るのだけは避けたい!という熱意だけで、ローマ行き列車に乗り込んだのである。

列車の中でも腰がだるく、真っ直ぐに座ることができないので、一緒にローマへと出発したロシア人のジュリアの肩をかりて横になったりしていた。ローマへ到着したのはもう夕暮れ、すっかり日も落ちて空気も冷たい。しかし「クリスマスにローマ」という何だかロマンチックな響きに、わたくしたちはコロッセオに向かって必死に歩いていた。

はっきり言って景観は殆ど覚えていない。骨盤全体に痛みがあって、胃もお腹も腰もキリキリする。ありあまる元気を持つわたくしのお友達は、そのまま一晩ローマで朝まで遊ぶという。ホテルに泊まると(クリスマスだし)高いし、予約もなしにローマ駅付近で今さら4人分も部屋などとれっこない。どうせクリスマスだから夜な夜な街は人で溢れかえるだろう、どこかで飲んでいればすぐ朝になるし、そこから始発でペルージャに戻ればいいし・・・

しかしわたくしのひどい膀胱炎はそれを如実に拒否していた。「ごめん、わたし無理・・・どこか寝るとこ探すよ。腰がだるくて一晩中動くのはちょっと・・・ティブルティーナの駅近くに知り合いがやってる宿があるから、そこに電話してみる」と単独行動をとることになった。
無事知り合いの宿へ到着し、たまたま開いていた部屋を借りて横になると、そのままぐっすり眠り込んでしまったのだが、明け方また腰の痛みで目が覚めた。そして遅ればせながら「膀胱炎を舐めちゃいかん」と思い立ち、宿のオーナーに頼んで総合病院までバイクを飛ばしてもらったのだった。

イタリアに来て初めての病院である。語学を勉強するものにとって、病院というのはいつも恐ろしい場所である。医学用語なんてまったく分からないし、辞書を持っていっても役に立たないことが多い。自分の体のことだから尚更、一文字でも分からないと不安になる。

そんなわたくしの心配をよそに、クリスマスの朝のそのローマ総合病院は平和そのものだった。「次の方どうぞ」と言われオドオドしながら入室すると・・・そこには紙コップにスプマンテを注ぎあう看護婦と、クリスマスケーキを頬張る医者の姿があった。つーか、あんたら宴会かよ・・・

「血尿が出ました。お腹と腰が痛いです。多分膀胱炎です」と辞書を片手にゆっくり説明してみる。「じゃ、○○○やろうか」「は?」「URINA(医学用語で尿)だよ。あ・・・えっとつまり、PIPI'(幼児語的にはオシッコ)とろうか、ってこと」そうそう、最初から子供相手だと思ってしゃべってくれ!

そうして渡された紙コップ。トイレに通され準備をするのだが・・・何かが変だ。え、全部漏れてる・・・!?何とわたくしが渡されたその紙コップには穴が開いていたのだ。わたくしがおずおずとトイレから顔を出すと「シニョリーナ、終わった?」とケーキを食べながら看護婦が問いかける。「あの、穴が開いていたので全部こぼれました」「あら!じゃもう一度新しいのでトライして」「無理です、もう出ません」

大笑いする医者が(ていうか笑うな)紙コップに残った数滴を何とか確保し、検査に成功。さらに指診で腰や背中やお腹のあちこちを押す。そのたびにわたくしは悲鳴を上げる。「こりゃ重度の膀胱炎だね。ここまで我慢しちゃ駄目だよ!処方箋書いてあげるから、1週間毎日抗生物質を飲みなさい。それで完璧に治るから心配しないで、あとは安静にすることだね。じゃ、ブオン・ナターレ!(よいクリスマスを!)」退室するときも、看護婦さんたちがみな「ブオン・ナターレ!」「アウグーリ!(おめでとう!)」とわたくしに声をかけてくれる。「グラッツィエ・アンケ・ア・ヴォイ・・・(ありがとう、あなたたちも・・・)」(ちっ、おめでとうとか言ってる場合じゃないよ・・・膀胱炎だよ・・・)

これがロマンティク度ゼロの、2002年ローマでのクリスマスである。