今更ながら、カプチーノ物語

barmariko2005-07-01

IL CAPPUCCINO
カプチーノとはお馴染み、あのイタリア生まれの逸品である。エスプレッソに温かいフォームド・ミルクを加えたもので、今や世界中で愛されている。エスプレッソは濃くてどうも苦手というひとも、カプチーノなら美味しくいただけるだろう。

美味しいカプチーノ、いやむしろ上手くいれたカプチーノには、ハートが浮き上がる。エスプレッソと、きめの細かいミルクとが絶妙に混ざり合ったとき、自然とハート型が浮き出るのだ。見た目にも勿論可愛いが、それはバリスタの腕が実証される瞬間でもある。

去年ガリバルディ通りのバール・アルベルトで独り店番をしているとき、よくカプチーノを練習した。オーナーのアルベルトさんに聞いても無駄である。彼はカプチーノの作り方を知らない。(本人は知っていると思っているが、あれはカプチーノではない)ハートなど、見たことがないに違いない。キメのないエスプレッソ。キメがない上に熱すぎそして泡立てすぎのフォームド・ミルク。そもそもカプチーノ用に泡立てるミルクは、ブクブクと泡だってはいけないのだ。

よく東京のお洒落なカフェで、そのブクブクっとしたミルクがこんもりとカフェの上に盛られていることがあるが、あれはイタリアで言うならスーパーNGである。フォームド・ミルクはなめらかにあくまでもクリーミーであるべきで、そのキメがエスプレッソのキメと合体したときに、何重もの美しいハートが自然と浮き上がるのである。

アルベルトさんは勢い良くミルクを温めるので、そこからキメは全くもって生まれない。そもそも音が違う。ブクブクッという、いかにもキメの荒い、空気をたっぷり含んだ気泡を作っているのが、側で聞いているだけで分かる。更に、やむことのないいつものお喋り。腕のいいバリスタが喋りながらカプチーノを作るのは格好いいが、アルベルトさんが喋り続けていると、こちらが心配になるだけである。
そんな訳だから、アルベルトさんからカプチーノを教えてもらうなんて、不可能である。いやむしろ、アルベルトさんの作り方と180度逆のことをやれば、◎のカプチーノが生まれるのかもしれない。ずるいのはアルベルトさんのキャラクターである。彼をよく知る常連客は、アルベルトのカプチーノがいくら最低であっても、「まあアルベルトだからな」で終わり、カプチーノだけはよそのバールで飲めばいいだけのことである。しかしわたくしがヘンテコなカプチーノを作ったら、それは「ま、外国人だしな。ムリかな。」「まだ駆け出しのバリスタだしな。」「ボスがアルベルトじゃな。」などと、情けない評価が下されるのだ。それだけは何としてでも避けたい、そう思って、アルベルトの店番の間中、暇をみてはカプチーノを作っていた。

やっぱりキーポイントはフォームド・ミルクである。しかもバール・アルベルトのカフェはキメが全くないので、それを補うべく、相当美しいフォームド・ミルクを作らなければならない・・・。そんな夏のある日、大学前のバール・フランコから、お手伝い要員として召集がかかったのである。

しかしバール・フランコと言えば小さな店構えで、作るカフェは本物、と隠れた名店である。バール・アルベルト出身のわたくしがそんなところでやっていけるのか?と思いながらも、OKした。何故ならバール・フランコには、カフェの達人ジュセッペというバリスタがいるからである。彼にここぞとばかり、教えてもらおうではないか。カプチーノの納得がいくフォームド・ミルク。(写真はジュセッペのカプチーノ

結果としてはジュセッペに感謝感激である。特に言葉で教えてもらわずとも、毎日見ていれば分かるものである。フォームド・ミルクを作るときの、脇のしめ具合とか、角度とか、何秒くらい温めると丁度よい温度か、とか。2週間のバール・フランコ代替バリスタ業務を経て、無事バール・アルベルトに復帰したとき、自分で見ても明らかにフォームド・ミルクの出来栄えは違っていた。

しかし。何が悲しいって、アルベルトさんはそんなわたくしのカプチーノの変化に、全く気づかないのである。カプチーノのフォームド・ミルクになど全く興味がないのである。ご自分のアルファ・ロメオ・クラシックのネジ1本、ホンダ・バイクのタイヤ、の輝かしい価値に比べたら、カプチーノなんてどうでもいいわけである。「ちょっと今バール・アルベルトで一番上手にカプチーノ淹れてるのって、わたくしーー?!」等と有頂天になっても、それはただの自己満足で終わる、誰にも気づかれずひっそり終わる、バール・アルベルトとはそういう世界なのである。

そうだ、思い出した。いつだったか、夏季休暇の直前に、なんとバールの牛乳が底を尽きたことがあった。「ちょっとアルベルト!大変!牛乳がないよ!」「本当か?!・・・・でももう夕方だろ?それに明日は土曜日。明後日日曜日からはうちも夏休みで店閉めるから。こんな暑さじゃ、カプチーノ飲むひともそんなにいないだろうから、牛乳買い足さなくても平気じゃないか?」「駄目だよ!万が一、誰ががカプチーノ頼んだらどうするの?それにカフェに少し牛乳たらしてくれ、とかさ、いるじゃないの!牛乳ありませんなんて、絶対言いたくない!」そう言って無理矢理、近くのスーパーまで牛乳を買いに行ってもらったのだった。

いつか、バール・アルベルトはわたくしのものになる。(気がする)