バール・フランコ

barmariko2005-02-13


わたくしの家はペルージャ外国人大学の真裏にある。大学主催の音楽会があるときは、その音色が家の中にいてもよく聴こえる、それくらい近い。そして更に大学の目の前にあるのがバール・フランコ。その名のとおりオーナーはフランコさんである。彼はわたくしの家のオーナーでもあり、夜アルバイトをしていたパブの建物の賃貸主でもある。(そう言えば父から言及があった。パブと聞くと日本ではどうも疾しい想像をしがちなのできちんと説明するようにと。イタリアでいうパブとはつまり飲み屋、バーである。やはりアイリッシュパブから由来している。決して日本の裸同然の何とかパブではない。そもそもわたくしが30歳過ぎてそんな店で本物の欧米美女に囲まれて働けるわけがないので。)

バール・フランコはとても狭く、店内はカウンターの他にテーブルが2つのみ。夏季のみ店の前に10席ほどのテラス席が並ぶが、やはり狭いことには変わりない。しかしここのカフェは本当に美味い。カプチーノの泡も木目細かくて素晴らしい。ただ概観、内装ともに70年代がそのまま移行してきたような感じで、カウンターやらパニーノの並ぶショーケースやら陳列棚やらとにかく昔から何も変わらない。洗練された雰囲気は全くないが、フランコさんの完璧な管理・発注により何か物が欠けていることは絶対ない。水も、ファンタ・オレンジもコカ・コーラも、飴もガムもチョコレートも、バスのチケットもテレフォンカードも、全てが絶対揃っている。ここから僅か200メートルガリバルディ通りを上ったところにあるバール・アルベルトとは大違いである。

バール・フランコは大学の目の前に位置するということもあり、大学関係者、教授が毎日定期的にやってくる。昨年の夏、バール・アルベルトが夏休みの時わたくしはここでもちょっと働いた。というのも8月の間人手が足りないから手伝ってほしいとフランコさんに頼まれたからだ。

ああ、同じペルージャで200メートルしか離れていないというのに、ここまでカフェの出来が違うとは。(勿論バール・アルベルトとの比較である)ちなみにバリスタはわたくし、一緒であり、違うのはカフェ・マシーンと豆の種類だけである。(あ、オーナーの頭も違う。)木目細かいカフェの程よい苦み。カプチーノを作ってもきれいにミルクがカフェに馴染むので美しく仕上がる。そもそも色が違う。そんな訳だから朝も昼も狭い店内は客でごった返す。バール・アルベルトのように30分客と世間話できるような暇はなく、フランコさんからのオーダーがひっきりになしに入る。簡単にフォーメーションを説明すると、フランコさんがレジでわたくしがカフェ担当。レジで受けた注文をフランコさんがわたくしに流す。傍らフランコさんはパニーノやトラメツィーノ(サンドイッチ)を温めたり包んだりという作業も行う。


わたくしに届くオーダーは、ランチ時だと本当に絶え間無く続く。「4カフェ、1カフェ・マッキアート、1カフェ・ルンゴ(薄めのカフェ)にミルクを滴らして!」「1デカフィナート(カフェイン抜きのカフェ)、1カフェ・マッキアート・カルド(カフェに温かいミルクを一滴らし)!」「3カプチーニ、1つはデカフィナートで!」・・・今思えばよくまあバール・アルベルト出でこんなオーダーに対応できたものだと我ながら関心する。(アルベルトさんなら出来ない)そもそもバール・フランコのカフェ・マシーンは5連、つまりカフェを入れる口が5つついているので、3連のバール・アルベルトのマシーンと比べても非常に素早く対応できる。

バール・フランコのいつもの常連はやはり入ってきてカフェを入れているのがわたくしだと、色々な意味で大変驚かれる。「この子、大丈夫かしら?」という不安感はカウンター内のわたくしからは簡単に見てとれる。その前に「この子、イタリア語分かるのかしら?」という思いの表れか、オーダーをゆっくり分かりやすくおっしゃる方もいる。そもそも東洋人というのは明らかに外国人なわけである。これがフランス人だったりスペイン人だったり、もしくはギリシャ人、さらには南米まで飛んでメキシコ人やブラジル人だったとしても、さほど驚かれない。見た目にそれほど違いがないからである。そういうことを、ニッポンにいるときは考えたことがなかったが、カウンターの中でカフェをいれれてると(お客様には背を向ける形になる)、カフェ・マシーンに映る客の顔、わたくしを観察している客の顔が、実はよくこちらからも観察できるのである。

バール・フランコにはペルージャ外国人大学関係者が多いと書いたが、わたくしのお世話になった教授陣も例にもれず毎日やってきた。世界史の先生が入ってらしたときも「あれ?君ここで働いているの?」「おはようございます。いえ、今だけの助っ人です。あの・・・先日の試験では大変お世話になりました。あんなに出来が悪かったのにパスできたのは先生のおかげです」「いやいや。じゃあ今カフェの試験もやらなくちゃね。ここのカフェは美味いからね。君の入れるカフェが不味かったら不合格だ。」

音楽の先生ランニ氏が入っていらしたときも「あれ?君ここで働き出したの?ここのカフェは美味いからね、君は幸せだよ」とおっしゃるし、言語学のカテリノフ氏が入ってきたときなどは「マンマ・ミーア、君はここでも働いているのかい?(バール・アルベルトにもよく顔を出されていたので)フランコ、あんまり僕らの卒業生を酷使しないでくれよ。この子はこの界隈の全ての店で働いているんだから。(それは大袈裟である)それにしてもアルベルトのカフェとの格段な違い、君もよく分かるだろう?カフェとはこのことだ、フランコのカフェを言うんだよ。」

しかしバール・フランコの客はこういうアカデミックな方ばかりではない。実はスパッチャトーリ(ヤクの売人)もよく立ち寄る。というのも外国人大学目の前にあるグリマーナ広場は、このスパッチャトーリの溜まり場になっているからだ。これが公の事実であるというのも凄いが、彼らは何か大騒ぎをしたり暴れたりすることはない。目立つことをすれば最後警察に捕まってしまう為彼らは至って静かである。がしかし、明らかに彼らは大学の先生ではないし、学生でもないし、スパッチャトーリなのである。というのが見てすぐ分かる。ペルージャ在住2年半のわたくしにだってこれくらい見てとれるのに、全く警察は何をやってるんだろう。泳がせっぱなしである。

そんなある日、明らかに動きがおかしい男の子が店に入ってきた。年齢は恐らく20歳を少し過ぎたくらい、学生であろう。眠そうに半分閉じた目、ふらふらと歩みも危なっかしい。こちらが「何にしますか」と聞いても「・・・。」と反応がない。フランコさんがしつこく聞くとようやく「ラッテ・マッキアート(温かいミルクにカフェを少し滴らしたもの)とコルネット(甘いクロワッサン)2つ」と朝ご飯のご様子である。がしかしコルネットを上手に食べられないほど半分眠りかかっている。酔っ払っているのでは、決してない。そう、彼は誰がどうみても薬漬けの反応200%を見せていた。

とうとうフランコさんが「君、ちょっと君。そんな調子悪いなら家へ帰りなさい」「・・・・。」「君、そんな具合悪いんじゃ店には入れないよ。」「・・・・。」勿論フランコさんはこれが薬の症状であることをよく分かっているのだが、他の客の手前それを言えないでいた。そして何を思ったのか「だって君は、君は・・・(お?薬やりすぎだとでも言うのか?ついに?)昨日よく寝てないんだろう?」

他の客がクスクス下を向いて笑っているのをわたくしは見逃さなかった。そしてわたくしも笑いをこらえるのに必死だった。全員が状況を確実に理解しているのだが、フランコさんだけが一応公の場ということもあって彼を「睡眠不足」として注意したのだ。わたくしにとってこれはピリッとスパイスの利いた喜劇である。