郵便局の謎

もうペルージャに住み着いて2年4ヶ月が経つというのに、今ごろになって初めて知ったことがある。それは一昨日ペルージャのチェントロ(中心地)にある郵便局に我が家のガス・水道料金を支払いに行ったときに発覚した。

郵便局の入り口には「番号札をお引きください」というメッセージがあり、用件別に3つに分けられたボタン(「郵便・切手」「振込・預入」「その他年金・貯畜などの相談」)を押して整理券を受け取らねばならない。ここまではニッポンのそれとほぼ一緒であろう。

わたくしは公共料金の支払いであるから、当然「振込・預入」の番号を引き椅子に座って待つこと15分。わたくしの番まであと20人もいる。これはペルージャのチェントロ郵便局では日常茶飯事で、みんな分かってはいるが午後も開いている郵便局はここくらいなので仕方なくやってくるのである。しかもペルージャウンブリア州の州都であり、そのペルージャで一番大きい郵便局だというのに「振込・預入」の窓口はたったの二つ。「郵便・切手」窓口も二つ。わたくしが昔OL時代によく使っていた恵比寿ガーデンプレイスタワー2Fの郵便局も恵比寿アトレ4Fにある郵便局も窓口は二つだったが、人をさばく速さはペルージャ本店のそれと格段に違う。

わたくしの隣に座っていたおじいさんがとうとう文句を言い出した。「もう30分も待ってるというのに、まだ後10人もいる。全くあのシニョーラ(と、窓口で問答を繰り返していたおばさんを指して)なんかもう15分もこうやって話し込んでるんだよ。窓口は二つだが、一つはこのシニョーラのせいで完全にストップ、残り一つの窓口でどうやってこれだけの人数をさばくっていうんだ。」と、更にとなりの上品なおばさんが口を挟んできた。「全くね。この郵便局は本当にひどいわ。窓口は4つあるのよ、でもいつも2つしか開けないの。残りの2つはいつ御使いになるのかしら。」と、ようやく15分も話し込んでいたというシニョーラが用を終え、わたくしたちの前を通り過ぎるやいなや、「おおおお。やっと終わって頂けましたか。次にいらっしゃるのはいつですか?前もって教えて頂かないとこちらもそれに合わせて参りますから」とわざと聞こえるように言うおじいさん。

「さあ、次の番号は誰だ?」とみんな期待一杯で電光掲示板を見続けていたのだが、突然その電光掲示板の電源が切られ、その窓口で働いていた女性が自分の鞄を持ってさっさと奥へ引きこもってしまったのである。これには待っていた我々からは怒涛の文句が飛び出した。「ちょっと、どういうことよ?二つしかなかった窓口が、今や一つだけってこと?ブラバー、ブラバー(奥の部屋へ入っていってしまった窓口担当の女性をさして)、もうお帰りだっていうの?」「ああ、本日のお仕事は終了されたんだよ。今ごろ奥で煙草でも吸って一服してるよ。」とおじいさん。
我々が悲痛な面持ちであと30分は待たねばならない状況を把握した瞬間、先ほど奥へ戻っていった女性が再び戻ってきた。「ああ、やっぱり一服だったんだ」と我々は全員一致で彼女が煙草を吸いに行っていただけだと確信した。日本なら待っている客をほったらかして煙草休憩などとんでもないが、まあとにかく戻ってきたわけだからよしとしよう。とりあえず二つの窓口は健在なわけだし、と誰もが気を取り直して、再び付けられた田郷掲示版に注目した。

そこで入ってきたのがベレー帽をかぶって茶色のサングラスをかけた別のシニョーレ。しかし彼は番号札を引くなり一秒もまたずに窓口へ案内されたのである。これには「ノーーーーォ・・・」と誰もがため息をついた。わたくしはと言えば訳が分からず「どうしてなの?彼は郵便局のVIPか何か?わたしたちこんなに待っているっていうのに。彼はどうしてすぐ通されたの?」と隣のあのおじいさんに聞いた。「シニョリーナ。彼は、コッレンティスタなんだよ。」「は?デンティスタ?(歯医者)というとあれですか?やはりお金持ちだから特別扱いなんですか?」すると隣のおばさんも加わって彼らは大笑いしだした。「シニョリーナ、デンティスタじゃないよ、コッレンティスタ(預金口座の持ち主)だよ。」「そうね、ある意味VIPね。そして私たちは平民ってことよ。」

何のことだかいまいちよく分からなかった。するとこの親切なおばさんは説明を続けた。「イタリアの郵便局が銀行業務も果たすようになったのはここ数年のことなのよ。だから常に口座開設者大募集中ってわけ。郵便局側が提示した「郵便口座の持ち主」への厚遇とは、つまり「待たなくてよい」ということなの。郵便局に口座を作れば、1分も待つこと無くすぐに支払いもお預入も何でもできますよ、ということ。」
わたくしは気が付かなかったが、入り口の番号を引くところにコッレンティスタ専用ボタンがあったらしい。そこで番号をひけば電光掲示板に割って入れるというのだ。

と見れば次から次へとやってくるではないか。このコッレンティスタたちが。隣のおじいさんは本当に可哀相だった。自分の番まであと1番というとき、彼は椅子から立ち上がって準備体操をし、私たちに「アリヴェデルチ!(さようなら!)」といいながら窓口へ歩み寄ったのだが、そこへ突如横から入ってきたのがまた別のコッレンティスタだった。待つこと更に5分、ようやくそのおじいさんの番がやってきたとき、我々の席からは「アウグーリ!(おめでとう!)」の歓声と拍手が湧き起こった。トータルで1時間弱ではあったが微妙な連帯感が芽生えていた。

それにしてもコッレンティスタ制度とはまたいやらしいではないか。郵便局側の下心が見え見えである。しかも「待たされる国イタリア」において「待たなくてよい」という厚遇はこれ以上はないといっていいほどのサービスではないか。聞けばVIPでも何でもない、ただの預金口座の持ち主というだけで。人間的なかつ斬新な、そして非常に短絡的な政策である。そして皆様お気づきであろうか、これはクリエンテリズモ、つまりイタリアの派閥政治、コネ社会を色濃く表す一面なのである。